車線に関する概念・認識の違い


車線に関する認識の違いを静止画で表現しようってぇ段になって、はたと困ったねぇ。なんつったて、これだけは前後の繋がりがないことにゃぁ説明が難しいと来ていやがる。ある瞬間だけを捉えた静止画像だけで表現しきれるってぇもんじゃぁねぇってこった。そりゃぁ、第二車線から、第一車線の直進車の前を横切って左折していく瞬間なんてぇのは静止画像でも表現可能だがね。その代わり、走りながら撮れるてぇもんじゃねぇ。大体、フイルムの写真機でもアッと思った時にはすぐには撮れねぇもんだが、デジカメになるってぇとスイッチ入れてからコンマ何秒だかのタイムラグが出来る。それを走りながらやろうなんてぇことになると、てめぇで事故を起こしちまう。

取りあえず、手元に静止画像で表現できそうなのが数枚あるので、その分だけは出しておこうかなんて思ってる。そのあとぁ実写で無理となりゃぁCGAなんてぇ手もある。AVIの動画を付けるなんてことも可能性として考ぇてるってぇ訳だ。そん代わり、こいつぁちょっと手間ぁ食うんですぐにってぇわけにゃぁいかねぇんだが。


ちっと長くなっちまったな。前置きはこんくらいにしといて本題に入るんだが、名古屋の人にとってなにが問題かってぇと「道交法ってのは目安なんだ」位にしか考えてねぇってぇ事だな。つまり、少々解釈を加えたって、それを自分の都合にあわしちまえってぇことだ。だから、信号が赤でも他に交通がないときになぜ渡ってはいけないんだなんてことをへぇきで言いやがる。或いは、酒を飲んでたって、酔っ払ってる訳じゃぁねぇのに何で車を運転しちゃぁいけねぇんだ。とか、一方通行だっつったってこれっぱかしの距離をなんで逆に走っていけないんだ。とかね。だから黄色に変わった信号は進んでもいいなんてな事をへぇきで言えるってぇ訳だ。例えば自動車学校の先生が、信号が黄色に変わった時、安全に停止線の手前で停まれないような場合は、『周囲の交通に注意しながら、渡ってしまいましょう』なんてことを言ったとすりゃぁ、その後半の部分以外を頭から消去しちまって都合の良いところだけを残してあるって訳だ。


全てこの調子だから、道路に線が引いて有るのは単なる目安で、何もその通りに走るこたぁねぇって考えるのは極自然なこったな。線が引いて有ったって、その線の内側を走らなきゃぁならねぇなんて誰が決めた?ってぇ訳だ。この良い例が右折帯のある交差点の手前の走り方だな。道路の幅を広く取れねぇようなところで、右折帯を設けようとすりゃぁ、直進車線の幅を少しずつ削るっきゃぁねぇ。一番端の方は一寸左へよるだけだが、3車線目くらいになるとかなり左へ寄らなきゃぁならねぇ。ところが左へよろうとした時2車線目の奴がまっつぐ走りながら、左に寄ろうとする車に睨みを利かして、クラクションで脅しをかけやがる。3車線目の車は、曲がる気もねぇのに右折帯に押し込まれちまう訳だ。

上の例の類似の例だが、最近名古屋では今まで4車線有ったところを3車線にして、路側帯と中央分離帯を広く取るようにしたところが増えてきた。この路側帯は当然、無料駐車場と化しているわけだな。で、交差点の手前から路側帯が狭くなり、第一車線が左に寄ってくるようになっているんだが、そこも駐車場の延長だ。つまり第一車線を走ってた車は、左に寄れずまっすぐに第二車線に入るっきゃぁねぇ訳だ。そこへまじめに車線の通り走ってきた第二車線の車が左へ寄ってくる。事故にならなかったにしても喧嘩の元だな、こりゃぁ。で、大抵怒ってるのはかぶせられたと思い込んでる第一車線の車の方だ。つまり、第一車線の車を運転してる者が、第一車線から第二車線に移行しなきゃ、直進できねぇってぇ認識がありゃぁ始めっから喧嘩にもならねぇって訳だ。ところで余談だが、このような場所で見てるってぇと第一車線のパトカーが車線変更の合図もせずにここをまっつぐ走っちまう。パトのポリさんがこれじゃぁ一般の連中に文句も言えんよなぁ。それにこれも余談だが、そこに違法駐車してる車を退けるようにスピーカーで怒鳴るなんてぇことも無い。

また、第一車線は駐車帯と考えてる名古屋では、左折帯にも駐車して有るもんだから、やむを得ず第二車線から左折することになる。これがすっかり習慣化してるもんだから、第一車線に駐車してねぇってのに第二車線から左折する車が多いってぇ事になる。第一車線が「直進左折」だったとするとまともに直進車とぶつかっちまうことにもなるって訳なんだな。おぉ、こわっ!


98/07/17