2000年11月

000年11月1日 起承転結
起承転結ってのは小説や、音楽に限らず、何にでもあるもんだ。短い曲ならそんなもんもはないかも知れない。だが、交響曲や協奏曲なんかにはまず、それが無 いなんていうことは無い。

だけど小説や、音楽以外に何がある? あたしなんかに言わせると、まともなストリップにもあると思っている。まともなと言うのは変かな。要は芸術的 な・・、これも変かな。

ひなびた温泉のストリップでも上手い下手はあるにしても、やはり起承転結は心がけているもんだ。まず、服を着たまま出てくる。これは洋服の場合もあれば着 物の場合もある。既に出てくるところから始まってるわけだ。次にそのまま踊る。ま、この初めの踊りは余り上手い奴はいない。で、曲が変わると、ぼちぼちと 脱ぎながら更に踊りつづける。下着になった頃にまた曲が変わって、一寸アップテンポになって今度は、一寸もだえながら、客の鼻先で踊る。そして最後に全て を取り去って開脚となる訳だ。

この全てを取り去るまでの過程をいかに上手に見せるかが、踊り子の技術の差になる訳だな。この全てを取り去るまでの過程をストリップ・チーズと言うそう だ。チーズったって食べるチーズじゃぁない。「じらし」と言う意味の言葉だそうだ。いかにじらすか・・・。いかに飽きさせずに見せる(魅せる)ことができ るかは踊り子の腕次第ということになる。かといって「へたくそ! さっさと脱げ」なんて言葉が出たからといって、それは本とに下手だからと言うわけじゃぁ ない。見てるほうが単に焦ってるだけの事だ。

このスッポンポンになるまでの段階で既にお客と踊り子は駆け引きを始めているんだよ。最後の段階で、良い思いをするつもりならここはじっと我慢。目と目で 会話をしながら・・・。『素敵だよ。良いねぇ』なんて顔をしながら、じっとその時を待つわけだ。そうするとね、スッポンポンになった時に、特別サービスが 期待できるわけだ。 って、これはあたしが良く通っていた、30年くらい前の話だ。今みたいに客が舞台に上がってナニをするなんて考えられなかったような 昔の話なんでね。特別サービスと言っても、頭から大きなスカーフを掛けられて一人だけに御開帳と言う程度だったけどね。って、起承転結の話からずいぶんそ れてしまったね。要はね、物事には段階を踏まなくっちゃぁならない事があるってことを言いたかったわけだ。で、今回のこれは又、前触れと言うわけだ。

2000年11月2日 起承転結 その2
ストリップの話なんてのは「厠」に書きゃぁ良いんだろうが、今回は別の話の前振りなんでご勘弁の程。なんで、急にストリップの話をしたかって言うとだな、 最近NHKのクラシック番組で、なんとか音楽コンクールのハイライトをやってるんだよ。で、ピアノ部門だなんて言うと、チャイコフスキーのピアノ協奏曲の 第一楽章とかね、ベートーベンの皇帝の第三楽章なんて具合にまともに全部やってくんねぇもんだから欲求不満になっちまうってことを言いたかったからなん だ。で、これはコンクールの番組に限らない事なんだよ。午後の2:00〜4:00の時間帯にやってるクラシック番組でも時々似た様なことをやってやがる。 つまり、全曲やるには時間が無いとかってんだろうが、いいとこどりで、やっぱり欲求不満になっちまう。

つまりね、それをストリップに例えたいためにあの話になったと言う訳だ。この例えは男には通じるかも知れねぇんだが、女の人にこの例えを言って分かるか なぁ・・・無理かも知れねぇなぁ。

第一楽章で終わっちまうってこたぁ、服を着たまま踊って、さぁそろそろ脱ぐぞと期待を持たせたとこで、ここまで・・。そのまま舞台から消えちまうと言うわ けだ。第二楽章までやったとしても、外側だけ脱いで、ここまでとか言いながら脱いだ着物を拾って舞台から消えるみたいな感じかね。じらすだけじらしとい て、肝心な時になると消えちまうんじゃぁ欲求不満になるってのも理解できんだろ?別の例えをするなら、さっぱりした前菜と軽いアルコールで食欲をそそって おいて、奥の方からの香ばしい香りの主菜が何かと期待しているとこで、本日はこれまでってなもんだ。

逆に第三楽章あるいは終楽章からいきなり始まると、いきなりスッポンポンで舞台に現れて、あっちで開脚、こっちで開脚見たいなもんだ。そりゃぁ見たいもん は見れるかもしれないが、それまでのじらされて期待に胸(だけじゃぁないよな)を膨らませて待つあのわくわくする時間がないってのも寂しいもんだ。

つまりだな、「起承」だけだと期待だけで終わっちまうし、「転結」、あるいは「結」だけでは、期待する間もなくいきなり目の前にメインディッシュを出され る見たいなもんでやはり物足りないと、こう言うことを言いたかったわけだ。

2000年11月3日 眠り? 眠れる?
NHK・FMでチャイコフスキーのバレー音楽の特集が有った。その中で気になったのは、昔「眠れる森の美女」と言っていたバレーのタイトルが、いつのまに か「眠りの森の美女」になっていたことだ。

確かに「眠れる」と言う言い方はかなり曖昧であるとは思う。なぜなら、「眠れる森の美女」は「眠れる」が「森の」に掛かるのか「美女」に掛かるのか、どっ ちとも取れるからである。つまり、「眠れる森の、美女」なのか「眠れる、森の美女」なのかはっきりしない。これが「眠りの森の美女」となると、まず「眠り の森の、美女」以外に取り様がない。話の内容からすると、あの森と言うのは始めは存在しなかったはずなのである。悪い魔女が魔法をかけた結果、お姫様が眠 りに付いたため、良い魔女が、周囲を全て眠らせたために眠りの森が出来た訳だから、結果的に眠りの森が出来たと言うだけの事で元々森でもなんでもなかった 訳だから。

じゃぁどっちが正しいのか。あたし個人の意見としては、「眠れる美女」が本当で、それが結果的に後から周りに森が出来たために、「眠れる森の美女」になっ たと解釈しているので、「眠れる、森の美女」が正しいと考えている。つまり元々、「眠れる森」と言うのはなかったという意見なのである。

これって正しい?

2000年11月4日 かかりちょう(係長)
あたしがかつて勤めていたアメリカとの合弁会社には、アメリカ人も偉い人として各部署に配属されていたんだが、このアメリカ人が面白い事を言い出した。 「お前達はなぜ自分の上司を『ゴキブリ』というのだ」。最初は何のことだか分からなかったんだが、我々が「カカリチョウ」と呼んでるのが「コックローチ」 に聞こえるらしいということが分かって大笑いしたもんだ。

ところで、メキシコではこのゴキブリを歌にしちまった。英語もままならねぇってのにメキシコの言葉(スペイン語?)なんか分かるわけない。何を言ってるの か、どういう意味なのか知らないが「ラ・クカラーチャ」と言う曲だ。結構軽快で楽しい曲だからラテンの好きな人には人気がある。つい最近まで知らなかった のだが、ラテン音楽の時間にやってて、その題名の意味を初めて知ってびっくりしたんだが、日本で「ゴキブリの歌」なんか作ったって売れねぇだろう なぁ・・。

2000年11月5日 交通事故?
決して茶化すつもりはないが、わざわざギリシャまで行ってバスジャックに合うなんてのは交通事故に合うより確率の低いことじゃぁないだろうか? なんて今テレビのニュースを見ながら考えてしまった。犯人も逮捕され、無事開放されたということなんで一安心だが、これを酷い目にあったと考えるか、酷い 目にはあったがいい記念になった、あるいはめったにできない経験をしたと考えるか・・。確かに目の前に銃を持った男が怖い顔をしていれば生きた心地はしな かっただろうとは思うが、無事開放されたことで、逆にいい土産話ができたんではないかな。

あたしなんかは、飛行機嫌いなんで、海外に行くことはまず無いだろうと思うが、海外へ行くなら、南太平洋か、地中海方面に行きたいと考えていた時期があ る。どちらも開放的なイメージがあるから、観光などしないで、デッキチェアかなんかにゆったりと寛いで、ビールを飲んで一日を何もせずにのんびり過ご す・・なんてのが夢だったんだけどね。

2000年11月6日 不快な挨拶
最近の若い奴、特に女にこの傾向が強いんだが、人に礼を言う時「ありがとう〜〜」って奴がやたら目に付くようになった。名古屋に戻ってきた頃から気には なっていたんだが、最近増えたんだろうか。客として乗って来て降りる時に「ありがとう〜」。これはきっとタクシーの運転手如きに「ございます」を付けてら れるかってのは分からないでもない。とにかく名古屋の連中にとってはタクシーの運転手なんてのは「如き」存在なんだから。だけどね、この客と運転手と言う 立場以外でも、つまり、車を離れた状態でもこれを言われることが多いんだ。例え、どんな奴であってもこっちは年上だよ。「ございます」を付けたくねぇって んなら、始めっから「ありがとう」なんて言われない方がまだましだ。「ございます」を付けずにただ「ありがとう」なんて言うのは目上の者が下のものに言う 時の言い方だ。それともそんなことも教えられていねぇんだろうか。それとも、これは名古屋式の礼のし方なのだろうか。ま、どっちにせよ、それでその人間の 程度が計られるってことくらいは覚えておいた方がいいんじゃぁないんだろうか。

別の例では、子供が大人に対して、「おはよう」なんていってるのを見かけることもある。大体、この名古屋へ戻ってきて驚いたのはあちこちに「オアシス運 動」なんて書いた看板が立ってることだ。「おはよう」「ありがとう」「しつれいします」「すいません」くらいのことはきちんと言おうと言う運動らしい。と いうことは、名古屋の人間はそう言う看板をたてとかないと、挨拶もまともにできねぇってことなのかい? 家の近所の小学校の前の通りには立派な石碑が立ってて「グリーティングロード」なんて書いてある。脇には「挨拶の道」なんて添え書きがあってね・・。まと もに挨拶ができねぇようなやつらに、せめて「ありがとう」とか「おはよう」くらいの挨拶はしなさいって言えば、それこそ「ありがとう」しか言わないよ。馬 鹿なんだから。心のふれあい、人と人のふれあいを大切にしようと言うのならきちんと相手に応じて「ございます」をつける躾も必要だってことだ。それがない と挨拶をされたことで却って不快になって一日を嫌な気分過ごすことになっちまう。

2000年11月7日 不快な挨拶 2
ついでにもう一つ書いておこうかな。挨拶と言うのは本来相手に向かい合って相手の目を見てするもんだ。ところが、ファミレスなんてとこに入っていくとどこ かから「いらっしゃませ、ようこそ○○○○へ〜」なんて叫んでやがる。所がどの店員(ウェイトレス)もこっちを向いちゃぁいねぇ。お盆を運びながら、顔は そっぽを向いたままで言ってるんだよ。まだね、「いらっしゃいませ〜」だけなら、許せないこともないが「ようこそ○○○○へ〜」を言う以上は相手の顔を見 ながら、出きれば会釈しながらするべき挨拶だよ。そんなお義理でと言うか、マニュアルに載ってるから仕方無しにする挨拶なんか嬉しくないどころか不快でさ えある。

同じようなのが最近のコンビにでも広がってる。「いらっしゃいませ今晩わ〜〜」ってやつだ。既にコンビニの店内で、物色してる時に別の客がはいって来るの を見たんで誰がどんな挨拶をしてるかと見ていれば、レジを打ちながら・・、目は商品を見たまま。棚の商品を整理しながら。新たに入荷した商品を棚に並べな がら・・。つまり誰も入ってきた客なんか見ていねぇんだな。自動ドアが開いた音がしたから言ってるだけなんだよ。こんな誠意のない挨拶でも嬉しいと思う客 がいるんだろうか。それとも、やはり挨拶の仕方も知らねぇ名古屋では、こんなんでも喜んでる客が多いのかも知れねぇ。あたしみたいに不快だと思う客はい ねぇらしい。

ところで、この今晩はとかこんにちはってのは最近、初対面の相手には余り使わなくなったような気がするなぁ。おはようございますなんてのは結構使われてい るような気がするけど。それと山歩きをする人達の間では今でも今日はぁと言う挨拶はしてる様だけどね。だけど町ん中で、知らない相手に向かっていきなり 「こんにちは」なんて声を掛ければ胡散臭い目で見られるのが落ちのような気がする。例えば知らない土地で、道を尋ねるなんて場合、いきなり「今日はぁ」と は言わねぇだろ?大抵「恐れ入りますが・・」とか「一寸すいませんが・・」って声を掛けるだろ? 最近なんか「今日は」といきなり声を掛けられたりする と、えっとどこの誰だっけなんて考えてしまう。つまり初対面で「こんにちは」なんて声を掛けられることが殆ど無いってことだ。何時だったか、初めての喫茶 店に入った途端に「こんにちはぁ」と言われて面食らったことがあったが、やはりお店に入った時なんかは、「いらっしゃいませ」だけで十分何じゃぁ無いか な。「今晩は」とか「今日は」とか言いたければ注文を受ける時とかレジのところで言ってもいいんじゃぁ無いかと思うがどうだろう。

2000年11月8日 ツーカー
ツーカーつったって、携帯電話とは関係無い。「ツーと言えばカー」のことだ。しかしこの語源っていったいなんだろう。ツーって何のこと? カーってのも何 のことだかわっかんねぇ。

昔、まだ20代前半だったかな、ある小さな会社に勤めていた時のことだ。上司と、あたしと、それともう一人で話している最中に、急にその上司が、あたしに 向かって、「あの件どうなった?」と聞いたんだよ。で、あたしも「あぁ、あのことでしたら、既に確認済みで明日にもOKでしょ」見たいにさらっと答えたん だけど、聞いた本人が驚いてね。「お前、俺が言ったこと本当にわかってて答えてんのか?」と言うわけだ。聞くまでも無く、あたしはちゃんと質問の意味がわ かってて答えてるんだよ。だけどねこれってのは決してすごいことじゃぁ無い。なぜなら、第三者と話ながら、頭にフッと浮かぶ気になることってのはあたしに も共通してることだからだ。つまり第三者と話ながらも、上司の頭に「そう言えばあの件はどうなってるだろう」と気になることが浮かぶと言うことは、その時 間とか周囲の状況もからんでいて、その第三者との話が直接その件には関係が無くとも、あたしにとっても気になってることというわけだ。決して超能力とかそ う言った類の話ではないんだな。極端な例でいえばね、船が難破したとする。とりあえず近くに有った木切れに掴まって浮いてるとこに別の奴が掴まりに来たと するだろ?所が二人が掴まるとその板切れは沈みそうになる。こういう時に考えるこたぁ一緒だよ。「お前は他所へ行けよ。この板切れはおれのもんだ」とか考 えてるわけだ。そのうちに「こいつぶん殴ってやろうか、それでも離れなきゃぁ殺しちまうか」とかね。これは緊急避難って奴だな。状況によって人が考えるこ となんてなぁ一緒ってぇこった。

ただしこれはね、あくまで「例の件」を指示した上司と、指示されたあたしの間での共通項と言うわけで、そこにいる第三者はその経緯を知らないからいくら同 じ状況にいても何を言ってるのか分かるはずも無い。

しかし名古屋の人は凄い。その経緯を知らないにもかかわらず、さらっと答えを出してくれる。タクシー乗り場で車を離れている間にFMの番組が変わってい た。車に戻ってきた時にやってたのがクラシックの音楽番組で、時折咳払いが聞こえたりするんで「ライブかなぁ」なんて考えていたんだよ。そこへお客が乗っ て来てね、走ってるうちに演奏が終わって拍手が始まった訳だ。あたしも、つい「これってライブですかねぇ」なんて別に答えを求めるわけでも無しに、つい尋 ねてしまった。と言うよりつぶやいたと言うべきかなぁ。するとあたしがずっと音楽を聴きながら悩んでいたのに、いとも簡単に「あぁ、これはライブです よ」。あたしは驚いちまったよ。確かに咳払いや、拍手はなってるけど、かといってこれが本とにライブなんだろうかってね。いや、一寸、持って回った言い方 をしちまったけどあたしが悩んでいたのは、ライブか?ライブ録音か?ってことなんだ。最近NHKは海外の放送局や、国内のコンサートなんかのライブ録音の 放送が多いんでね、途中から聞き始めたなんて時はNHKホールからの生中継と区別がつかないことがあるんだよ。それこそ、ダンベルとアレイの違いじゃぁ無 いが、ライブはライブ録音のことで、リアルタイムの中継は生中継なんて使い分けがもしかしたら出来てんのかな? 生もライブも同じことなんだけどなぁ。 で、本当はどうだったかって? この時の放送はライブ録音の番組だったよ。

2000年11月9日 名古屋の人が知らない連濁のこと
ある時のお客さんの行き先が「白金」だった。これを名古屋では「しらかね」と読む。ところがこのお客さん「しろかね」と言ったもんでね、「あぁ、しらかね ですね」と返事したんだよ。その人もずっと名古屋の人なんだが、「あ、あれってしらかねと読むんですか?」なんて話になった。あたしも調子に乗ってね、 「結構地名ってのは難しいもんですねぇ」なんて話になったんだよ。で、ついでに「あの近所にある七本松だって名古屋では『ひちほんまつ』なんて読みますし ねぇ、岐阜の方にある『七宗』も『ひちそう』って読むし、なんか変ですよね」なんてね、意気揚揚と始めちまったわけだ。更に、あたしも馬鹿だから追い討ち を掛けちまったんだよ。「大体、なんで名古屋の人は『質屋』のことを『ひち』というんでしょうねぇ」なんてね。いや実際、看板にはそう平仮名で書いてある んだが、そしたらそのお客「運転手さんは東京の人だから、『ひ』と『し』の発音を間違えてるんですよ。振り仮名をつけるテストで、『質』に『しち』と書い たら×ですよ」だと。で、あたしも更にムキになってね「じゃぁ、お客さんは『人質』と書いて『ひとびち』と読むんですか?」。馬鹿なことをやっちまったも んだが、そこまで行ったらもう後には引けねぇ。お客がさ「その場合は『ひとじち』と読みますよ」なんて言うもんだから、そうれ見たことかってね。「それは ね、『人』と『質』が繋がったから、『しち』が濁って『じち』になったんですよ。お客さんの行き先の『しらかね』だって地域によっては『しろがね』って読 むところもありますしね」なんてまくし立てちまった。そしたらそのお客もムキになっちまってね、「そんな、繋がったら濁るなんて初めて聞きました。そんな こと学校でも習ったことがありません」と言うんだね。確かにこの地域では(と言うか、ここから西では)「中島」さんは「なかしま」さんで、東京みたいに 「なかじま」さんではないんだな。もしかしたら本当にこの名古屋では連濁と言うのは無いんだろうか。だけど、ここのお殿様だった?徳川はちゃんと濁ってる よなぁ。「とくかわ」とは読まねぇもんなぁ。

2000年11月10日 男なのに?
今、日米野球かなんかをやってる。これも明日の西部球場の試合で全て終わる。これで、今年は一段落かね。そう言えば、ドラフト会議はまだだったかな。それ にストーブリーグなんてのはこれからか。いずれにしろラジオでの野球中継はもう無くなるわけだな。いやぁ助かった。これでしばらくは静かになるな。

この辺の人は野球のある時期は車に乗って来ると途端に「勝ってる?」なんて聞いて来るんだよ。「へ、誰が?」なんてつい聞き返すんだが、野球の話だな、大 抵。それも中日が主語になってるわけだ。ところがあたしは野球に限らず、ラジオでスポーツ中継を聞くのは大嫌いでね。ま、めし食いに行ったとこで、テレビ で中継を放送してれば見るとも無しに見ちゃうことはあるけどね。そもそも「ウンチ(運動音痴)」なんで、体育の時間なんてのはいかにサボろうか知恵を絞っ たもんだ。この辺の人はおばさんでも、結構野球ファン(いや中日ファン?)は多いんでね、訊かれて「え、何の話ですか」なんて言うと「あら、運転手さん野 球聞かないの」なんてびっくりされちまう。「野球もサッカーも相撲もオリンピックも何にも聞きません。大体スポーツ番組はまず聞きませんね」なんて言おう もんなら大変だ。「え〜〜! 男なのに〜?」って・・・。おいおい、それって完全に差別発言じゃぁない? 昔「ボトルの1本も空けられないで、それでも男か?」なんてCMがあったが、これだって差別発言だと思うよ、あたしは。男は黙って耐えてるけどねなにを 〜?このばばぁがぁ、なんて腹ん中では怒ってんだよ。その点女はすぐにムキんなって怒るけどね。「私作る人、僕食べる人」なんてぇCMが流れた時には、不 買運動なんてのをやったりしてね。

男が日舞をやったり、お茶やお花をやったりすると「え〜? 気持ち悪い」なんて言う女がいるがね、柔道やってる女を見て男が同じことを言ったら大変だろう ねぇ。とにかく女って奴は我侭に出来てんだから、男が我慢しなければならないようになってる訳だな、最近は。

2000年11月11日 私は野球は知らない・・
あ、今度のはこのあたしの話じゃぁ無いよ。ある人から聞いた話だ。この人は東京に単身赴任しているんだと。久しぶりに名古屋に帰って来て心置きなく野球の 話が出来ると喜んでいた。で、東京にいる時はどうしてるかって言うと、「私は野球は知りません」を通していると言うんだよ。それは又どうして? と聞いて みたらね、あっちはジャイアンツファンばかりだろうから中日ファンの自分は野球に興味がないって言う顔をしてないと袋叩きにあうかもしれないからだと真剣 に言うんだね。

そりゃね、名古屋ではジャイアンツファンもタイガースファンも皆村八分になるのが怖くって、「隠れG」とか「隠れT」とかになってる様だけどね、東京は皆 それぞれ自分の好きなチームの話を堂々としてるよ。

例えば、居酒屋なんかでジャイアンツファンが「今年こそ優勝だ」なんて騒いでいるところの横から中日ファンが、「いやいやまだまだ」なんて横槍を入れたっ て、それは又それで盛り上がったりするんだから。例えば、食堂のテレビで、中日の選手がホームランを打ったところで中日ファンが「やったあ」なんて大声で 歓声を上げたとしても、隣のジャイアンツファンは「なんのなんの、まだ裏がありますからね。そうやられてばかりいられませんよ」てな応酬をする。それに在 京球団はジャイアンツばかりじゃぁないから、名古屋みたいに「中日ファンにあらずんば人にあらず」みたいなことはまずない。で、あたしもそのお客にね、 「お互い楽しくやり合えばいいんですよ」って教えてやったんだけどね。

2000年11月13日 小さな幸せ
この何日か、朝方が寒くなってきた。大体あたしの場合、深夜に帰宅して、朝方までパソコンで遊んでると言うパターンなので、朝型が寒いと言うのは堪える。 で、早く灯油を買ってこなくてはと思いながら、とうとう今日まで、買うを忘れていたのだが、やっと今日灯油を買ってきた。中々、灯油を買わなかったのには もう一つ理由がある。ビールの空き缶、パソコン関係の雑誌等のごみが散乱しているのである。それも温風ヒーターの前に。今日灯油を買ってきたついでに、そ の周辺を片付けた。やっと火入れである。たったこれだけのことなんだが、そして、灯油にしたって値上がりしたとは言うものの、800円程でとても幸せな気 分になった。震えながら、セーターを重ね着して、足にはタオルケットを巻きつけて寒さをしのぎながらパソコンで遊んでいたことからすると、とても幸せな気 分なのである。

ところが、この寒くなる季節に仲間の一人が職を失った。ただの遊びで開設したホームページが職を失う原因になったという。少々行き過ぎがあったのかもしれ ないが、それだけのことで職を失うことになるというのは意外、と言うか驚きであった。今まで、他の業種で失業したと言う話を聞いても、左程切実さはなかっ たのだが、同業で失業した人がいると聞くと人事ではないような気になる。特にそれがホームページが原因だと聞けばなおさらである。今、あたしは個人タク シーなので、解雇ということはないにしても、あたしのホームページは愛知県警や名古屋市民を相手に喧嘩を売ってるような面があるので、こうなると人事では 済まない。怖いことだ。そろそろ遺書を用意しなくてはいけないかな。

2000年11月14日 一つのお部屋に昇格
どうもここは余りお客さんがいないようなんだが、目だたねぇからかな?って考えてね。で、間取りの開いてる部屋を一つあてがう事にしてみたわけだ。これで ちったぁお客が増えるかも知れねぇなんて期待してね。

ここの書きこみは60件までなんでそれ以前のはどんどん消えて行く事になってんだが、消えて行く奴もいずれ整理してどっかに部屋を作るかなんて考えちゃぁ いるんだが、どうなることやら。

註:以前の日記はCGIのシステムの関係で、60日分しか保存できなかった。

2000年11月15日 レディって誰だ!?
コンビニのレジで女の子をからかった時のこと、「酷〜い、レディに向かって・・」なんて言われちまった。いやぁ、あたしも一寸づけづけと言い過ぎたんだけ どね。

左程窮屈そうでもなく、かといってだぶだぶでもない、と言ったパンタロンだか、コットンパンツだかを穿いていたんだよ。でね、「お、今日は格好いい尻して るね」なんてね。ここでやめときゃぁ良かったんだよ。本人も「ありがとうございます」なんて喜んでたんだからね。だけどあたしゃどうも一言多いんだ。「前 にGパンを穿いてた時だったかなぁ。しょぼくれた尻をしてやんなぁ、なんて思ったんだけど」なんて言っちまったんだ。別に怒ったわけではないんだが、「レ ディに向かって・・・」と言われた訳だ。これも言う順序が逆だったら、そんな反応も返ってこなかったかも知れねぇんだが・・・。

だけどさぁ、自分からレディなんて普通言うかい? そりゃぁ、昔と今では意味が違うかも知れねぇが、本来、淑女とか貴婦人みたいな意味だったわけだよ。あ たしに向かって「おっちゃん」なんて言うレディがいるかよ。ん?あぁ、面と向かっておっちゃんと言われたことはなかったんだった。と言うのもね「○○が 入ったら、取っといてね」と頼んどいたんだよ。そしたらさ、本人がいなくても誰かが渡してくれる様にってんで、その品物の上に「深夜のおっちゃん」なんて 書いてあったんだよ。多分親しみのこもった言い方なんだろうね、と良い方に解釈してはいるんだが。それにしてもね、それだけで「おっちゃん」と言うのがあ たしの事だと他の人にどうして通じたのか・・・。感心しちゃうよ。しかしね、あのこがレディだってんなら、あたしなんざ差詰ジェントルマンだね。

話が横へそれちまったけど、あつかましい女が「レディ・ファーストよ」なんて言いながらさっさと男より先に行くのを見てるとさ、そんな悪しき習慣はさっさ と無くすべきだと思っちまうよ。いや、本とのレディがいるなら残しといてもいいけどね。

2000年11月16日 きっかけ
発明とか発見には必ず何かきっかけがあるもんだ。例えばニュートンがりんごの落ちるのを見て引力を発見したなんてもそうだな。これには別の話がある。ほん とかどうかあたしゃ知らないけどね、本とはトイレで発見したってんだな。だけど、一寸場所が悪い。何か落ちないかとチャンスを待ってたら、りんごが目の前 で落ちたんでそれをきっかけに発見したことにした、と言うんだ。使用前と使用後の違いと言う訳か。この話をしていたのは誰だったかなぁ、どっかの漫才師 だったか・・。

今日あたしの仲間の運転手が娘のカメラを借りてきたと言うんだ。電池はあるだろうか、フィルムの入れ方は?と聞くもんで、最近はデジカメ以外触った事はな いし、カメラも型が違うとフィルムの入れ方も違うから写真屋へ行って入れてもらえといったんだがね。

しかし、そのカメラは一寸古い型だったが、レンズの口径が大きいんだよね。昔のレンズは材質のせいもあったし、フィルムの感度も悪かったしでレンズは結構 大きかったよね。それでもf2.8位かな。誰でも使えるやつだったからね。それからすると、最近のカメラ、とくにビデオやデジカメのレンズの口径は小さく なったね。それなのに、ある程度明かりがあればストロボ無しでも結構撮れるんだから脅威だよ。そのうち、針の穴程のレンズが出来るかも知れねぇなぁ、なん て考えてたら小学校の理科の授業を思い出しちまったよ。

誰でも覚えがあるんじゃぁないかな。ボール紙で箱を作って、開いてる口の部分にぶーぶー紙(曇りガラスみたいな紙)を張ってさ、その反対の面に針で小さな 穴を明けた奴。いわゆるピンホールカメラって奴だ。このぶーぶー紙の位置に乾板(感光板)を置けば写真機になる訳だ。

でね、これを発明したのは外国の人だが、きっかけは何だったのかねぇと考えて見たんだよ。例えばね、日本人が発明したとしたらきっときっかけは雨戸と障子 だったに違いないと思うんだ。障子の外に雨戸があってさ、その雨戸には節穴があいてる。朝、明るくなった頃に目を覚ますと、障子に外の景色が逆さまに映っ てたなんて経験を・・・した奴は最近はいねぇか・・・。ま、とにかく昔はそう言うことがあったんだよ。

これが外国だったら・・、と考えてみたんだけどさ、障子の代わりはきっとカーテンだな。白いレースのカーテン。とすると雨戸の代わりは? これも雨戸みたいに引き戸ではないけど、扉式の雨戸みたいな奴は外国にもあったはずだから、これに節穴があいてれば同じような経験は外国人でもできるはず だなぁなんて考えてるうちに、お客さんが来ちまった。だけど、多分これに違いない・・・?

2000年11月17日 米大統領選挙
他所様の事だからってんでね、面白がってみてるんだけど、こんなに面白い出来事は最近なかったね。選挙が終わって1週間経ってるのに未だに当選者が決まら ない。

ゴアにしてみれば、フロリダで、例えそれが僅差であっても、もし負ければ、総得票数では勝ってるのに大統領になれなくなると苛立ち、カリカリしてる。ブッ シュの方は総得票数では負けてても、残るフロリダで勝てば大統領になれるわけだから、難癖をつけて早いとこ、決着をつけようと焦ってる。司法は、期限を守 れと言い、手作業での再集計による結果を採用するか否かは、州の裁量に任すと逃げた。在外米人の不在者投票の結果は今週中には出るようだが、この票は共和 党よりの米軍関係者が多いから、再集計を妨げて、不在者投票の票を上乗せすれば勝てると踏んでるブッシュは、必死だ。で16日のニュースでは、州務長官が 手作業の再集計の結果は無視だと決めた。さぁて、結果はいかに・・・。

あたしは日本人だから、大統領にどちらがなろうが関係ないんでね、高みの見物と言ったところだね。ま、どちらも会って話をしたって訳ではないんだが、敢え てどちらが好きかと聞かれれば、ラジオや新聞から得た情報を総合してみると、人間的にはゴアの方が好みかな、なんて思ってるんだが・・。

2000年11月18日 嫌な季節がやって来た
毎年この時期には嫌な葉書が届く。別に送り主を恨むわけではないのだが、この時期に来る、「年賀欠礼」とか「遠慮」の葉書は嫌なもんだ。

親が生きていた時分には、こういったものは親宛に来ていた。親の年代ならまだ仕様がないなぁ、そんな歳だからなぁ、位の感想だけで終わる。ところが、親が いなくなった今、そういった葉書はあたし宛に来る。それも親戚ばかりではない。親戚、とくに叔父、叔母等は、それなりの歳だし、それ以前に葬式に出たりし ているので、既に知ってる事だから覚悟は出来てる。

ところが、友人、あるいはその身内からこういった葉書が来ると、まてよ、あたしもそろそろそんな歳になったのかと、又別の感慨がわいて来る。今年は友人の 奥さんが亡くなったとのことで、この葉書が来た。あたしはプロフィールにも書いてるけど、戦後の生まれだ。その友人の奥さんはまだ今年、53歳ではなかっ たかな。仮に子供がいても既に成人しているはずの歳だからそういった心配はしないが、子供のいなかった夫婦の場合、相手が先に逝くと残った方の気落ちはか なり大きいに違いない。なんて新たな心配が出て来る。正月に悔やみを言いに行くのも変だから、年が明ける前に一度ビールでも担いで遊びに行ってみるかな。

2000年11月19日 間違いはどっちだ?
昔、クイズの本で読んだことだと思うんだが「カラーテレビを見ていたら、CMで、カラーテレビの宣伝が始まった。その宣伝しているカラーテレビの画像はと ても綺麗だった。あなたは今見ているカラーテレビの代わりに、今宣伝しているカラーテレビを買うか?」と言うのが有った。

宣伝で流れている画像は、実際に綺麗な画像を表示しているのか、ただの嵌めこみ画像か、見ている側からは分からない。それよりその画像が綺麗に映っている と言う事は今見ているテレビは決して悪くないはずなのである。

ここまでは前置き。先日、NHKのニュースを聞いていたら「○○党の党首は××に関してとくにこしつするものではない、と語った」なんてやってた。おい、 待てよ。「こしつ」? 「個室」じゃぁないよな。「固執」のことかい? だけどニュースを読んでるアナウンサーは少なくとも間違った読み方をしないはず (?)だろ? じゃぁ、間違ってるのはそのなんとかって党首の方かい? ってのが気になって、後の方のニュースは半分も聞いていなかった。アナウンサー は、その党首が言った事を間違ってると知りながらそのまま伝えたのか。党首はまともに言ったのに、その原稿を読んだアナウンサーが間違えたのか? つま り、上で書いたクイズの逆の場合の話である。画像が汚いのは見ているテレビが悪いのか。それとも、CMに出ているテレビが悪いのかと言うことだ。

で、こういったことは最近とくに気になるようになってきたのである。この例の場合、本当の読み方は「こしゅう」で、最近では「こしつ」とも読む。どちらで も間違いではない。なんて辞書には書いて有るに違いない。改めて辞書で確認したくないと言うのは面倒くさいのと最近ではこのように間違った読み方をも是認 している事が多いからだ。この他にも「重複(ちょうふく)」を「じゅうふく」とか「相殺(そうさい)」を「そうさつ」とかでも同様だ。間違った事が蔓延る と、しまいにその間違ってる事が正しい事になってしまう。一時的な流行とは違い、こう言ったものはそのまま定着するので困る。嫌な世の中だなぁ。

2000年11月20日 言葉遊び
先週、NHKの番組で駄洒落の話をしていた。この駄洒落ってのはある言葉と同音で違う意味の言葉、有る言葉と似た音で違う意味の言葉を使って遊ぶわけだか ら、単に駄洒落だからって馬鹿には出来ない。大袈裟にいえば、知識と教養がなければ出てこないのである。ところが、最近この駄洒落を馬鹿にする連中が増え たような気がする。たしかに、つまらないギャグを飛ばして悦に言ってるおやじが多いのは認めるし、それが場を白けさせる事も認めるがね、自分がわからない のを棚に上げて「おやじギャグ」だの「サブ〜〜」だのと馬鹿にするのは逆にその場を、より白けさせているような気がする。ある意味、自分は教養がありませ ん、知識不足で今の駄洒落が理解できませんって言ってるようなもんだ。

ある行き付けのレストランバーでのこと。棚に新しいボトルが入ってるのを見つけた一人の客が「少し飲んでみたいな」と言った時の事。マスターがアルバイト の女の子に「ショットグラスで出してあげて」と言ったのを聞いてね、あたしが「フ〜ン、少ししか飲めないから『ちょっと』グラスか」って、ボソッと言った 訳だ。言った後で自分でも、今のはちょっとばっか、センスがなかったかなと反省したんだが、その客は喜んだんだよ。ところが、そのマスターが真顔でね「い え、これはショットグラスと言うんです」なんて言い出したもんだから、逆にあたしもその客も大笑いさせてもらったんで難を逃れたと言うか・・・。

大体ジョークって言うのは、共通の知識と教養がなければ通じないものなんだが、逆に余り通じてもらっては困るのが隠語って奴だ。今はどうなのか知らない が、昔の関西の女の子は、マスタベーションのことを「須磨の浦」と言ったらしい。須磨を逆にいえば「マス」になるからね。もう一つ、良く女の子が使った奴 で「和田平助」と言うのがあったな。これも逆さに言うと「スケベだわ」になる。こう言うのは相手にだけ通じてくれればいいと言うわけだ。ジャズ屋が良く使 う逆さ言葉の走りかね。

知識と教養に含まれるのかもしれないが、共通した土地と言うのも駄洒落が通じるための要素と言えるかもしれない。例えば、今あたしがいる名古屋で人にカラ オケに誘われた時に「私は犬吠崎の生まれなんで」と言う断わり文句は通じない。関東に住んでる連中なら「あぁ、銚子の外れか」とすぐに分かるんだが(今は どうかな)。あたしが良く言う「寝る暇もないほど閑」なんて言い方も、タクシーの運転手以外には通じないだろうね。

2000年11月21日 トルコ風呂が懐かしい
こう書くとさ「いまでも名前を『ソープランド』に変えて同じことをやってんじゃん」なんて突っ込まれそうだな。まだ、初期の健全な頃のトルコ風呂のことを 知ってるおっさん連中はインターネットをやってる人の方が少ないだろうし、インターネットをやってるにしてもH画像系しか見てなかったりして・・。それに 真面目にインターネットをやってる人はこんなあたしのとこなんか見にこねぇだろうし。とにかく最初の頃は、健全だったんだよ。個室なんかなかったしね。 ま、もっともあたしの場合は個室のとこしか行ったこたぁないんだが。

あたしが懐かしい、又入りたいと思ってるのはスチームバスだよ。一人しか入れない小さい箱でね、首から上だけ出して蒸気で蒸す奴のことだ。こんな例えをし ても男にしか分からないだろうけど、床屋で髭をそる前に蒸しタオルで顔を蒸される時と同じ位気持ちがいい。いや、身体全体を蒸すのだから顔だけを蒸す時以 上に気持ちがいい。たまに綺麗なお姉さんがやってきて顔の汗をぬぐいながら「熱くない?」なんて聞いてくれてね。「無理しないでね」とか「出たくなったら 言ってね・・」とか・・。中にはひでぇ奴がいてね、最初に首の周りにタオルを巻きつけて、蒸気の栓をひねったらそのままベッドのとこで煙草を吸いながら雑 誌を読んでるなんてのもいたよ。こっちに一瞥もくれずにね。

この後身体を洗ってくれて、診察室にあるようなベッドに寝かされてマッサージされるわけだ。ふっくらとした胸とか尻に手が伸びそうになると「パチン」なん てはじかれたりしてね「駄目よ!ここはそういうとこじゃぁないんだから」なんて怒られたりしてさ。あたしなんか晩稲のほうだったから、20歳台の始め頃、 初めて行ったんだけどね。仰向けで、次にうつ伏せで上から跨ったり、足で踏んづけたりして、一通りのマッサージが済んだ後でさ、腹の下に手を突っ込んでき て、これも「マッサージしとく?」なんて言われた時には「へ?」

2000年11月22日 分別収集
名古屋でもこの夏からごみの分別収集が始まった。市の広報紙とか、回覧板等で、あれは何曜日、これは何曜日等といった出す日は分かる。ところが資源ごみな んかは1週間おきにプラスチック容器だったり、ペットボトルだったりと替わる上、同じ資源ごみでも金になるもの、例えばアルミ缶とか新聞は曜日が違う上に 月に一回だったりする。幸いなのはその集積場所が車庫から10メートルもないところの歩道上なので、深夜車庫へ車を入れる時、前日の晩に既に出されている ごみが目に入るので、あ、今日は収集日かとすぐに気がつくことだ。ここのほかにも仕事を終えて帰ってくる道中にも同様な場所が有って目に付くのだが、これ を見て自分も・・なんて考えると失敗する事もある。同じ町内なら良いのだが、道を挟んだ反対側だと別の町内で、出す日が異なる場合も有るからだ。

で、今日も車庫に入れようとしたら、歩道の上に束ねた新聞紙が置かれているのを見つけた。あたしは車のサンバイザーのところに収集日の一覧表を挟んでいる ので、確認してみると月一回の金になる資源ごみの収集日だった。これは学区の小学校のなんかの資金になるらしい。先月、先々月は気が付いた時はまだ準備で きていなかったので、出せなかったから今日こそ出さなくっちゃぁ。この準備ってのはね、ビールの空き缶をつぶして袋に詰めておくということなんだけどね。 いきなり始めたって間に合わないな、なんて言い訳しながら伸び伸びになってた奴なんだ。今回はちゃんと準備できてるから、寝る前に出しておこう。

ところで、最近の包装容器って奴はどっちに出したら良いんだ?と言ったものが時々有る。プラスチックと紙がくっついてる奴の場合はどちらが多いかで判別す るらしい。又プラスチック容器でも中を洗えないようなものは、燃えないごみに出すそうだ。この他にも色々有ってね、どうすりゃぁ良いんだ、なんて悩んだ事 も有ったが、最近は余計なごみを買わないことにした。つまり悩むような容器に入ってるものを買わない。すぐに使うようなものの場合、レジで容器を明けて中 身にシールを貼ってもらって、容器は置いてきちゃうとかね。容器から出すとばらばらになってしまうようなものは、店員にどちらに分別するか確認してから 買って帰るとかね。

分別収集はいい事だし、協力してるつもりなんだが、本当はそれ以前にごみを買わない様にするのが一番なんだろうね。つまり、包装や容器が大袈裟なものは買 わないってことだね。ということは、これからは容器に気を使わないメーカーの製品は売れなくなると言うことかね?

2000年11月23日 嬉しかった
今日と言うか、昨日と言うか、久しぶりにうれしいことが
有った。それも二つも。

その1:あたしのとこの車庫はバックで道路へ出る構造になっ
    てるんだが前方の信号が赤の時には、たまに停まって
    くれる人がいる。で車庫から出て、停まってくれた人
    に頭を下げながら手を挙げて礼をするのに、殆どの人
    は「ふんっ」と言った感じで横目で一瞥をくれただけ
    で行っちゃうんだが、今日はそれに対して挨拶を返し
    てくれた。
    なんだかとても嬉しかった。

その2:何時も行くめし屋でのこと。食事を終わった後で立ち
    上がった時に椅子をしまって行く人がいた。
    珍しいぃ〜! なんだか今日はいいことがありそうだ、
    なんて気分になった。 

2000年11月24日 お猪口
杯のことではない。風の強い日に傘をさして歩いていると、傘が風で煽られて上に向かって反り返ってしまうことがあるが、東京にいた時にはこれを「おちょ こ」と言っていた。ところが、この地方ではそれを「はったけ」と言うそうだ。なんの事か聞いてみたら、そう言う形のきのこの名前だそうだ。「たけ」は 「茸」なんだな・・。

最近長い話が多かったのでちょっと短く書くように気をつけよう。

2000年11月25日 なんだ、洒落かい?
夕方になると自分も飯を食うんだが、車にも燃料を入れなくちゃならない。行き付けのLPGスタンドへ行ったときのこと。あ、そういえば、LPGスタンドな んてのは以前はタクシー専用だったんだけど、最近ではトラックも来ればバスも来る。トラックったってせいぜい二トン車位のもんだけどね。それにバスの方は 幼稚園の送迎バスでね。これはLNG(天然ガス)を入れに来る。あ、液化じゃぁなかったかもしれない。そうするってぇと、ただのNGかな・・。

前置きの方が長くなっちゃったな。そのスタンドへ行ってね、燃料を入れてもらってる間に車内のごみを捨てたり、手を拭くタオルを洗ったりしてるんだが、 ひょいっと計量器の横に有る台の上を見たら柿が置いてある。で、その柿を良く見ると小さい字でなんか書いてあるんだよ。顔を寄せて良く見たら、「火気厳 禁」

2000年11月26日 良い前例? 悪い前例?
以前、ここでも書いたことだが、あるタクシー会社の乗務員が個人で立ち上げたホームページの内容が元で解雇された。形の上では自己都合退職と言う事にされ たようだが、強制的に辞表を書かされたそうだ。その彼が、問題にされたページで悪いタクシー会社と名指ししていた会社の社長の口利きで、その会社への再就 職が決まったと言う。

その社長の知り合いが、例のホームページを見つけたため、その社長が軽く突ついて見たら、思っていた以上に大騒ぎになり、しかもその乗務員が首になったと 聞いて逆に責任を感じていたと言うのが真相だと言うのだ。

しかし、これが悪い前例にならなければと、不安もある。

一つは、ネット上のあちこちで大騒ぎをした事で、雇用者側に圧力を掛けた結果、再就職が実現した、などとネットワークの力を過信する事になりはしないか、 と言う不安。これはタクシー業界に限らない、どの業界でも有り得ることである。今回は、その乗務員自身、行き過ぎを認め、反省していたし、騒ぎ過ぎになり そうな周囲のものに対して、もう少し様子を見るまで待って欲しいと冷静に対応していたのが良い結果になったと思う。

もう一つは、雇用者側が有無を言わさず解雇したのは一種の示威行為ではなかったのかと言う事だ。批判をするものには容赦しないぞと脅しを掛けたのではない かと不安が残る。うがった見方をすれば、最初に既にシナリオが出来ていたのではないかとさえ思える。前触れ無しの突然の解雇。再就職の妨害。途中である会 社がチラッと情けを見せる。最後にワーストにランクしていた会社の社長が拾う。それで「これからは良い子になりなさい」こう考える根拠と言うのが実際には 何もないのではあるが非常にタイミングが良いのである。周囲のものがじれて強硬手段に出ようかと裏で動き出そうとしていた矢先での呼び出し、そして再就 職。まるで計ったようなタイミングだ。

勿論これがユーザーサイドで立ち上げたホームページであったなら、抗議のメール位で済んだんだろうが、批判された会社と同じタクシー協会に属する会社の社 員だと言う事である意味、生贄にされた様に見える。そりゃ言論統制だなどと大袈裟な事を言う気はないが、見せしめにされたのではないかと思えて仕方ない。

現に他所の掲示板でも似たような内容のページを計画していたが考え直そうと思うなどといった書きこみが既に数カ所に有り、今回の件が各ホームページにかな り影響を与えそうなのが心配だ。トーンダウンしたホームページばかりではつまらなくなってしまう。

彼のホームページも現在「ピリッ」としたところがなくなってしまったのが寂しい。

2000年11月27日 地方色
先日の事、銀行のCD機の横にホームページのアドレスが貼りつけてあったので、アクセスして見た。インターネットを使って残高照会や、振込が出来ると言う のである。早速申し込んでみた。そんなに使うことはないんだが、新しいもんを見つけるとすぐにやって見たくなるのがあたしの悪い癖だ。今のところ残高照会 と、年に3回お寺さんへ檀信徒会費を振り込むくらいしか用はないのだが。で、何回かやってみて、やり方がまずいのか思うように行かないことが有ったので、 メールで問い合わせたらすぐに回答が来た。なるほど、それで分かったと、折り返し礼のメールを発信したのだが、驚いた。いや、驚いたのは相手の方か・・。 「こちらの回答にご丁寧に理解した旨のお知らせを頂き・・・」なんてメールがすぐに来た。多分名古屋の人は聞いたら聞きっぱなしなんだろうな。しかしさ、 教えてもらったら礼をするのは当たり前なんだが、それをしない人が多いんだな。足を踏んでも知らん顔で行っちゃうような土地だからなぁ。

以前、ある会社の本社にいた時の事、支社や支店から問い合わせが良く来たが、これにも地方色と言うのがハッキリ現れていた。一番凄いのは大阪にある支社 だったかね。「これこれの場合、作業手順はマニュアルによると、あれを外し、これを外してからやれとなってるが、あれとこれを外すのは手間と、余計な部品 が掛かり過ぎる。本社としては何か新しい手順は考えていないのか」。なるほどもっともなのである。で、差し当たり問題はないが多分こういった冶具を作れば 出来ると思うので、ちょっと時間を欲しいなんて返事をするとね、「いやこちらは既にそう言う冶具を作って実際に効果を上げている。本社がまだ手をつけてい ないようなら、こちらから図面と実際に使ってる場面の写真を送っても良いがどうする?」なんてやられちゃう。

これが、この地方の支社の場合は「これこれこういった冶具を作れば、あれとこれは外さなくても出来るでしょう」なんて教えてやってもね、「それは本社で製 作してくれるんでしょうね」なんて言われちまう。「当面、特に不具合はないし、急ぐ事でもないので、近いうちに図面をおこして製作配布すると言った事は考 えていません」なんて言うとね、渋々「分かりました」なんて言って電話を切るんだが、その後上手く行ったのか、行かなかったのかなにも言ってこないんだ な。もしあれで上手く行かない時には、こうしてみればなんて考えてはいても、相手の方からなにも言ってこないうちは動き様もない。で、電話してみると、 「ああ、もうあれは終わりました。え、上手く行ったかって?まぁ、あんなもんでしょ」。何もね、同じ会社の中でね、しかもこっちはそれが仕事なんだから一 々礼を言えとは言わないよ。だけど、せめて上手く行ったとか、具合悪かったとかの報告位してくれたって良いものを、とつい愚痴っちまうわけだ。

2000年11月28日 蛍光灯
昔、鈍感野郎とか、頭の回転の鈍い奴を捕まえて「蛍光灯」と言ったもんだ。これはスイッチをONにしても中々点灯しなかったからなんだがね。ところが、最 近の蛍光灯はスイッチONと同時にパッと点くので、もはやこう言った使い方は出来なくなったんだろうね。

蛍光灯が出始めの頃は、スイッチ(ぶら下がってる紐とか、スタンドの場合は押しボタン)を引いたり、押したりした状態で、点灯するまでじっと待っていたも んだ。しばらくすると、パカンパカン、パァーっと点くのでやっと手を離すわけだな。

その後、グローランプなんてのが出来て、手で引っ張ったままとか押したまま待つなんてことはしなくても良くなったが、それでもスイッチONと同時にパッと 点灯するなんてことはなかった。この頃から入り口の横の壁にスイッチがついて、手探りで部屋の中央の蛍光灯の紐を捜すなんてこたぁなくなったんだよ。

だけどね、今日は久しぶりに蛍光灯が点灯するまで待たされてしまった。うちの蛍光灯器具はそろそろ20年を超えてるはずなんで、もう寿命なのかも知れねぇ なぁ。それともグローを替えてやればいいのかなぁ。どっかの学校の蛍光灯みたいに爆発しないうちに替えた方が良いのかも知れねぇな。

2000年11月29日 8020
前を走ってる車のナンバーってのは結構気になるもんなんだよ。あ、あたしの場合だけどね。どこの車かってのは特に気になるんだな。名古屋ナンバーの地域以 外から来た車は地理不案内なので、急に停まったり、曲がったりなんてことがあるからね。それに黄色の信号ではさっと止まったりとか・ね。

で、気になったのが、前を走ってた車の「8020」と言うナンバー。これってなんか覚えがあるんだが、なんだっけぇなんて考えながらその上の車種別のナン バーを見ると「330」。え? わざわざ希望して付けたナンバーなの? 車はそれほど大きくはなかったけど一応ベンツ・・。で、思い出したのが、「80歳 になっても自前の歯を20本以上残そう」といった運動だ。ということは、前の車の主は歯医者かなぁ? そこでその話をお客にしたら、「それな〜に。そんな のしらないよ〜」だと。テレビを見たことないのかよ。新聞は取ってないの?と聞きたくなっちまった。そんなに若い奴じゃぁなかったんだけどねぇ。

2000年11月30日 勝ったり負けたり
最近深夜になると、市の中心部で仕事をしている個人タクシーの先輩から電話が掛かってくる様になった。いくら出来たか(売上が)とか、忙しいかと聞いてく るのである。もうそろそろ1ヶ月くらいになるか・・。

結構諦めの早い人で、ある時間を過ぎると送客が済んだ時点で、そこから市の中心部まで帰る距離と自宅へ帰る距離を比べて、「えい、今日は終わりだ」なんて 帰っちゃう。で、あたしに電話をよこして売上を聞いて「勝った」だの「負けた」だのと大騒ぎをしている。勝率はどうもあたしの方が、良いようなんだが、あ たしが勝つ時は数千円の差なのに対して、その先輩が勝つ時は万単位の差が付くので有る。定期というわけではないが、指名のお客さんが居ると強いよなぁ。