2001年10月

001年10月1日
こってりしたものが好き

またまた昨日に続いて食べ物の話だ。今日は日曜日だったので、家を出てから右の方へ出かけた。ここは、レストランバーだ。飲んで食事をして時にはデザート を食べて帰ってくる。今日はボトルが空になったので、新たなボトルを入れなければならなかった。5週間ぶりか6週間ぶりか・・。昔から見るとかなりペース が落ちている。体力的な問題もあるのだろうが、懐具合もかなり影響している。以前は早ければ3週間しか持たなかった。普通でも4回で空になっていたのだ。 今日は生ハムサラダとドリア、最後にプリンを食べた。ボトルを入れて7600円。ちょっとばかり高いものについてしまった。と言っても、週に一度の楽しみ だし、ボトルが入っていれば半分以下なのだ。

この店が出来た当初は、若い客に混じって食事をしたり飲んだりするのがちょっと照れくさかった。家を出て左に曲がった方の店では大体同年代の客なのだが、 この右へ曲がった方の店は少なくとも二回りは若い連中が多いのだ。ところが、話は同年代の連中よりも若い連中との方が良く通じる。おまけに左へ行った方の 店は和食中心の居酒屋なので、食べるものも割りにあっさりしている。だからその店であたしが注文するのは、カツや豚の生姜焼き、鶏の唐揚などに偏ってしま うのだ。右へ曲がった方の店はドリアや、パスタ、ハンバーグに鶏の照り焼きとかクリーム煮とか・・・。色々あたしの好みのものが多く、偏ることが少ない。

どちらかと言うとこってりしたものが好きなのだ。チーズや生クリームを使ったドリアとかグラタンなんてのは大好物だ。肉と魚が目の前にあれば肉を選ぶし、 パスタもトマトソースよりはこってりしたホワイトソースの方を選ぶ。名古屋ドームの近くにあるスパゲッティがメインの喫茶店では生クリームで煮込んだパス タがある。これだけはさすがのあたしも少々堪えたが、かといって嫌になったのかというとそうではない。機会があればまた食べたいと思っている。ただ夜だけ の仕事になったということと、その辺へ行く仕事が中々無いために行けなくなったと言うだけのことだ。

ラーメンは東京風が良いと書いたが、実は札幌ラーメンも好きなのだ。特に好きなのが塩バターラーメンだ。あの溶けたバターが絡んだラーメンのツルツル感は たまらない。そして4月の日記でも書いたが福岡にお墓があるので、そちらへ行けば油の浮いた豚骨ラーメンを食べに行く。冷やし中華にしても、胡麻油でぬる ぬるするくらいのものが好きだしね。最近のようにマヨネーズを混ぜて食べるような冷やし中華は食べたくない。うまくないだけでなく香りもたたないから。

一度で良いから、たっぷりの塩と胡椒でミディアムとウェルダンの中間くらいに焼いた1ポンドのT-ボーンをたっぷりのバターで食べてみたい。健康に良くな いって? 十分食べるだけの余裕がない今の生活からすれば、健康的に問題があっても食べたいものを食べたいように食べる方がストレスが溜まらなくて健康的 だろうと思うんだけど。T-ボーンだと骨髄があるから危ない? 狂牛病の牛だろうとうまければ食べるかもしれない。クロイツフェルツヤゴブ病だったかな、 ややこしい名前ではっきり覚えていないが、人に迷惑をかけようが本人に自覚がなければどうってことないよ。って、どっかに書いたことと矛盾してるかな。

2001年10月2日
今度は飲み物のお話

最近夕食後(実はあたしにとっては朝食なのだが)2〜3時間するとお腹が空いたと言う訳でもないのだが、なにかを飲みたくなる。手元にはペットボトルのお 茶を置いているのだが、それとは別なのだ。それにお腹が空いてひもじいと言うわけでもない。なぜかは分からないのだが何かが飲みたい。いやもしかすると、 飲みたいのではなく、若い娘のいるコンビニに入って見たいと言うだけの事なのかもしれないのだが。

この行き付けのコンビニは、タクシー乗り場で待機する場所の反対側にある。だから、順番を待って停まってる間に行けるので便利なのだ。ところが以前に比べ ると若い女の子が少なくなってしまった。以前は数人のそれぞれ個性的な女の子が様々な組み合わせで毎晩交代で入っていたのだが、最近ではうっとおしい男の 子が入っていて・・・。だから買い物に行く回数が減ってしまった。もちろんあたしの好きな缶コーヒーを締め出したから、と言うのも理由の一つだ。このあた しの好みの缶コーヒーは斜め前の日用品も置いている薬局の前に新設された自販機で替えるので不自由はしていない。

ところで「最近のマイブーム」と言う言い方はもう古いのだろうか。最近飲むヨーグルトにはまっている。かつて法人タクシーに勤めていた当時、ある駅では3 輪バイクに乗ったおばさんが乳酸菌飲料を売りに来ていた。並んで停まってるタクシーの横を一台一台御用聞きをしながら売り歩いていたのだ。最初は朝の9時 過ぎに来ていたので、あたしもたまに利用していた。ところが担当者が変わったらそれが11時前後に来るようになった。こうなるともう飲む気はない。次の仕 事が済んだら食事に行こうと考えていたからね。食事の直前にそんなもの飲んでいられない。そんなものを飲んで、食欲が落ちたら食べるものも食べられない。 例えば子供が中途半端な時間になにか食べたいと言っても与えないだろう? 3時のおやつならともかく夕食前に子供になにか食べ物を与える親って・・いるか もしれないなぁ、最近は・・・。

個人タクシーになってからは出勤が16時過ぎ、下手をすると17時過ぎなので、こんな物売りに来るはずはない。仮に売りにこられても夕食前にそんなものを 飲む気はないがね。で、夕食が済んで2〜3時間も過ぎると何かを飲みたくなる。御茶はちょくちょく喉を湿らす程度に飲んでいるから、それ以外のもが飲みた くなるのだ。で、たまたま見つけたのが飲むヨーグルトだった。初めてその店に置かれた時に見つけて飲んでみたら意外においしい。最初は失敗してね、上蓋の 一部をめくってそこにストローを挿して飲んだのだが、ここはぐい飲みする時のためのものだったらしい。その横にある三角マークの部分にストローを無理やり 突き刺して飲むのが本当だったのだ。いやね、蓋の一部をめくってそこに挿してもいいのだが、それでは倒れたりするとこぼれるしね。

ところがある時、そのいつも飲んでいた奴が売り切れていてね、で、なにか代わりになるものはないかと思って周りを見ると違うメーカーのものでやはり飲む ヨーグルトを見つけた。たまには違う奴でもいいかとそれを買って車の中で飲んでいたんだが、どうも勝手が違う。吸い込むのに力がいるのだ。で、吸い込んだ 後、ストローから口を離すと「ずずず〜」と空気が逆流している。いつも買っていた奴は、上蓋の部分がプラスチックみたいでそこの三角マークに挿しこんでい たのだが、このときに買った奴は全部が紙で、その上の一部をめくってから薄くなっている丸いところにストローを挿しこむわけだ。牛乳パック等でおなじみの 奴だ。ストローはどちらのタイプも2段式のテレスコピックタイプだ。つまり望遠鏡のように二つの筒をスライドさせるのだ。

ストローをじっくり見るとまん丸だと言うことに気がついた。つまり、紙パックの丸い穴との間に隙間がないんだな。だからヨーグルトを吸い込んだ後、負圧に なったパックが逆に空気を吸い込んでいると言うわけだ。負圧になるというのはストローとパックの間に隙間がないからパックの中身が減った分空気が補充され ないからだということになる。そう言えば、いつも飲んでいる飲むヨーグルトのストローは一部が凹んでいたっけ。縦に筋がついているような感じだったのだ。 メーカーの方でも結構気を使っているもんだな。もしかしたらプラスチックの上蓋にある三角マークもこれに何らかの役割を果たしているのかもしれない。

しかしねぇ、そのヨーグルトを飲んでいる時には左程気にも止めなかったのだが、こうして他社のものを飲んでその意味がやっと分かった、と言うことはいつも 何でもわかったような顔をして、したり顔で言いたい放題を言い、書きたい放題書いていたというものの、実際には観察力が低下していたのかもしれない。 ちょっと反省。とは言え、喉もと過ぎればなんとやらで、またいずれ書きたい放題になるだろうとは思う。時々遡って読み返してみることも必要だな・・・・。 特にこう言う内容のものを。

2001年10月3日
名古屋でも2番目のグループ

何だっけ、ほら、昔の特急。最後尾の車両が展望車になってた・・。「はと」? 違うってば、もう一つの方。

今日これで最後かと思うような時間帯に乗ってきた若い女性。中心を外れた住宅地のタクシー乗り場から中心部の繁華街へ・・・。こんな時間に何をしにいく の? 思わせぶりな網タイツなんかはいて。単にセクシーと言うだけではない。まるで誘っているかと思うほどだ。あたしがもっと若かったら何するかわかんな いよ? てのは冗談だけどね。

問題はこの女性客ではない。この女性客を乗せて走ってる時に目の前でもたもたしていたタクシーが問題なのだ。東から西に向かって走る時、途中まではメイン が1本しかないので決まった道を走って行く。ところがあるところでメインが3本に増えるのだ。直進・右折・左折の3方向の矢印が出る交差点がある。ここで 3方向の矢印が出た時に右折できると、次の信号で左矢印が出ているのでそのまま平行した北側の通りを西へ向かって走りつづけることが出来るのだ。しかもそ の流れだと、一気にいくつもの信号が青のまま通過できるのだ。

ところが、3方向の矢印が出ているので右へ曲がり始めたとたん、目の前にいた名古屋No.2のグループのタクシーが横断歩道の上で止まってしまった。横断 歩道の信号は当然赤だよ。だって3方向の矢印が出ているんだから。クラクションを鳴らしたんだけどね、ちょっと動くだけなんだよ。良く見ると右の方の歩道 の上に女性が立っている。別に合図も何もしていないのに停まるなよ〜。前のタクシーはその女性を凝視していて、クラクションを鳴らしてもちょっと前進する だけ。そんなにその女性を乗せたいのなら端へ寄って停まって待てばいいじゃないか。結局彼は諦めて次の信号が左矢印なので、そのまま左へ、つまり西へ向 かったのだけどね、その次の信号が赤になって停まらざるを得なくなってしまった。最初の信号で3方向の矢印が出た時に、そのまま素直に曲がっていればこん なところで停まることもなかったし、一気にもっとずっと先の信号まで行けたのに。いや、これはお客さんの代弁だよ。だってあたしとしてみれば、余計に停ま ればその分売上が増えるんだから、別に構わないんだよ。

最近のように、リストラされた元会社員が運転手をやるようになってからは、このように客かそうでないかの判断もつかず、しかも後ろに注意をしていないから とんでもないところで停まってしまうって言う運転手が増えた。それも特に大手のタクシーグループでね。そこまでしなければ食って行けないと言うのは理解で きるけどね。それならそれで対処の仕方と言うものはあるはずだ。横断歩道を過ぎたところで端へ寄せて停まって待つとかね。あるいは自分が先頭を走りたいと 言うのであれば、合図がない限り知らん顔ですっ飛ばすとかね。先頭を走りたいが、お客かも知れない人がいれば合図がなくとも止まると言うのでは後ろの車に とってはいい迷惑だ。しかもこの車はね、あたしが第3車線を走っていたら、第一車線から一気に割り込んできたと言う兵(つわもの)だ。つまりぎりぎりまで 左車線でお客を拾おうとしていて、それを諦めたとたん、並行する一本北の道へ移動しようといきなり右折車線へ車線変更して来たわけだ。こっちもタクシーだ からね、事情が分かっているからまだいいが、相手が自家用だったらあたしみたいにおとなしくはないよ。それに仮にタクシーであっても、特に乗ってるお客が その筋だったりしたら大変だよ。「かぶせて止めろ」なんて言われるのはあたしなんだからね。勘弁して欲しいよ。厳しい業界だよなぁ。

ところで9月28日の日記に対して誰も突っ込んでこないけど誰も読んでいないのかな。直接お客から料金を頂く雲助はもっと無愛想じゃないかなんて誰かが言 いそうだなんて思っていたんだけどなぁ。確かに雇い主からアルバイト料を貰っているはずのティッシュ配りからすれば渡す相手は金を払ってくれるわけでもな い。だから愛想がないのも仕方がないかもしれない。ところが雲助は直接乗せたお客から料金を頂くわけだ。それなのにティッシュ配りよりもっと愛想がない じゃないかといわれても仕方のないところなのだ。この辺りのことを近いうちに上手にまとめて書くつもりではいるのだが、先に突っ込まれると困るので自己突 込みで逃げておこう。

2001年10月4日
あの自信はどこから?

「私ほどファンに愛された監督はいない」なんてことを自分から言えるってのは凄いと思う。人から言われたとしても「いやぁ、そんなことはないですよ」と謙 遜するのが普通だと思うんだけど。いや、それが日本人の悪いところだと言う人もいるけどね。彼はすっかり名古屋に染まってしまったようだなぁ。もともと彼 は岡山だったっけ?それとも広島だったかな・・・名古屋の人ではなかったはずなんだけど。

以前引退を発表した時にもそんなことを言ってたんだけど、また新聞に載っていた。多分名古屋での最後の試合だったからだろう。以前も書いたけど、あたしは 彼が嫌いだ。本来野球に限らず、スポーツには疎いあたしなのだが、十数年前に彼が監督で優勝した時の事件以来、彼と彼のチーム、そしてそのファンが嫌いに なった。数年前に優勝した時など、各タクシー会社は無線で中心部の繁華街から撤退するように指示したとか。「現在勝っているので、このまま行くと優勝する だろうから、優勝が決まったら直ちに中心部から離れるように」と指示したらしいのだ。それも一社だけではない。色々聞いてみたら大手でも中小でも同様の指 示を出していたと言うことが分かった。そりゃそうだな、いくら売上を上げても車の修理代を考えたら、その日の売上なんかどうでも良いと考えるのはもっとも だろう。集中豪雨や台風、大雪などは相手が自然だから逆らっても始まらない。だから撤退の指令が来る。あのチームのファンはこれと同じと言うことか・・。

彼は確かにファンに愛されたかもしれない。彼のファンにね。しかし、彼が監督の間はあのチームのファンをやめると言う人も多かった。根っからの名古屋人で ありながら大阪のチームに乗り換えたと言う人を何人か知っている。お客でもそう言う人が何人もいた。つまり、チームのファンがそのまま彼のファンであった と言うわけではなかったと言うことなんだな。彼が辞めたことで、また大阪のチームに乗り換えていた人も帰ってくるかもしれない。ところでなぜ大阪のチーム なんだ?東京でも良いじゃないかと思うのだが。そして確かに東京の監督が好きだからと言う理由で東京のチームに乗り換えた人もいた。でもその監督だって今 年で終わり。その人もまた帰ってくるだろう。大阪のチームに乗り換えた人は面白いことを言っていた。
「国政選挙でもいつもの贔屓の党がとんでもないことをやればどうでもいい党に投票したりするだろ? 毒にも薬にもならない党に・・。皆がいっせいに投票し てもいきなり議席が増えたりしないような党に投票するって奴さ。批判票って奴だな」てなことを言ってたっけ。

ところで、セリーグの優勝が中々決まらないもんだから、月曜から臨時で野球中継が続いてる。水曜日はどうでも良いが、レギュラー番組をつぶしてまでなんで 毎日野球の中継をする必要があるのだろうか。うるさくてかなわない。ちゃんと10時のニュースで結果を放送するのだから毎日中継するこたないだろうと思う んだがねぇ。おかげですっかり曜日の感覚がずれてしまった。野球の中継を二日続けるのは木曜と金曜だけだったから、明日は土曜日で休みだと勘違いしたり、 今日は金曜だから少しはまともな売上が出来るだろうかと期待してみたりね。おまけに延長をしたりするもんだから、時間の感覚までずれてしまった。早く日常 生活に戻して欲しいものだ。相手チームも変なところで意地を張らずにさっさと負けてやれば良いのに・・・。

2001年10月5日
大橋美加なんて嫌いだ〜

NHK-FMの午後は良い音楽をやる。2時台は最近聞く機会が減ったがクラシックの番組。とは言え、クラシックオーケストラが演奏するポピュラー音楽も含 まれる。昔と言っても2〜3年前くらい前までは全曲を放送していたのに最近では良いとこどりばかり。クラシックに縁のない人でも耳に馴染みのある部分だけ をちょろっとやって終わりみたいなこともある。去年の日記でも書いたがストリッパーが脱ぎ始めたと思ったら引っ込んじまうようなこともある。

4時から5時半までは「ポップスグラフィティ」。水曜日は大橋美加が担当する。ジャズと映画の日だ。先週聞いた時に「来週はドリスデイのカラミティ・ ジェーン」と言うので楽しみにしていたのだが、目が覚めたのが4時半くらい。車に乗ったのが5時(17時)頃だった。既に「カラミティ・ジェーン」は終 わっていたらしい。それでは翌日の午前中の再放送を聞こうと今日は眠いのを我慢して、11時までFMを聞いていることにした。眠いくせに、起きてる時間が 長いとビールを飲む量も増えるので、決して良いことではない。

やっと目的の番組が始まり、そのうちに映画のコーナーが始まった。映画のストーリーの簡単な説明が終わったので、さぁドリスデイの歌が聞けるとわくわくし ていたら、「シークレットラブ」1曲で終わり。1曲だけ!! え?1曲だけぇ〜〜? 他には・・? インターネットに繋いでNHKの番組表を見てみたら確かにドリス・デイの歌は1曲しかない。しまったなぁ、早く番組表を見ておけば、こんなに遅くまで起き てることもなかったのに・・・。

他にも色々良い歌が入っていたはずなんだけどなぁ。昔のドーナッツ盤では4曲入っていたし。例えば「Take me back to Dakota」とか・・・。それが・・1曲だけ? 確かにカラミティ・ジェーンの代表的な曲と言ったら「Secret Love」しかないと言うかもしれないし、それは間違いないだろう。だけどわざわざ映画のコーナーで取り上げるんだろ? しかもドリス・デイだよ。1曲で 終わりはないだろ?と言いたくなる。ったく、2世歌手なんてのはこんなもんなんだろうなぁ。餓鬼に期待したあたしが悪かった。下手糞なジャズ歌手が番組を 持ってるなんてのがそもそも間違いなんだよな。

ところがね、先週の最後に彼女が日本語で歌ったジャズを聞いた時には驚いたね。それまでは「何でこんな下手糞が」と思っていたんだが、意外に聞けるんだ よ。普段、下手な英語で歌っていたからうまいとは思ってもいなかったんだが、ちょっとだけ見なおしたね。とは言え、単に聞けると言うだけの話だけどね。わ ざわざ自分から聞きたくなるほどの歌ではなかったけどね。来週はロージーの特集があるらしい。早く起きることが出来るように頑張ろう。なんたって朝の再放 送を聞いていたのでは寝不足になってしまうからな。

2001年10月6日
サイトの閉鎖

今日は二つのサイトの閉鎖を知った。一つは少年マガジンに連載中の漫画に連動しているサイトで、この漫画がが来春には終了するのでその終了に合わせての閉 鎖だとか。だから来年の春までは続くわけだ。ここの掲示板は回線が混み合うせいか、この2〜3日繋がらなかったのだが、久しぶりに繋がってこのお知らせを 読んだ時には驚いた。サイトがなくなることも寂しいのだが、肝心の漫画が来春で終わりとはさらに寂しい話しだ。

もう一方は既に閉鎖されている。逆にこの閉鎖は一時的な休止なので、再開の楽しみがある。しかし、日記など毎日楽しく読んでいたので一時的な休止とは言え 寂しい。管理人さんはかなり生真面目な人なのだ。サイトの方向付けと言うか、サイトに対する姿勢とかでかなり悩んでいるらしい。あたしなんかそんなこと考 えてもいなかった。あれもこれも一緒くたにしてしまっているのだ。と言うよりは初めに考えていたテーマから外れるものが出てくると、枝分かれして部屋を増 やしたということなのだ。そしていずれの内容も、愚痴、ぼやきの類が主だ。ついには分類が面倒になったものだから、どんなものでも書けるようにと日記(当 「雲助の徒然草紙」。名前も寄せ集めみたいな名前だ)を設置して、なんでもかんでも詰め込んでいる。いずれ日記の中から傾向の似たものを分類して新しい部 屋でも作ろうかとは考えているのだが。

頭の中にあるものを全部ぶちまけようとすると、種々雑多なテーマが出てきてしまう。それを「自分のサイトのテーマ」と言う枠に嵌らないからと書かずにいる と欲求不満になってしまうかもしれない。かといってテーマ毎に個別にサイトを作ると言うのも大変だ。ただし、一つのサイトの中で違った人格で書くことには 無理がある。インターネットの場合、仮想空間であるから、その中で日頃の自分とは違った自分を作り出したいと言う願望は誰でも持っていることと思う。「ネ カマ」などもその一つだろう。「成りすます」「振りをする」なんて遊びはこの匿名性のあるネットだから出来るお遊びの一つだ。しかし・・、自分でやってみ て感じたことだが、この2つのサイトをお守りすると言うのは結構大変なことだった。内容的には似たような傾向なので分ける必要はなかったのかもしれない。 人格を使い分けてみたかっただけなのだ。

今休止中のサイトが再開されるのが楽しみである。そしてどのような形で再開されるのか。期待をしながら待っていよう。そういえば接続してみて思ったのだ が、やはり生真面目だ。普通の人だと「工事中」としただけで知らん顔だったり、ひどい場合は「404」エラーになったりするのだが、きちんと閉鎖のお知ら せが表示される。この心遣いが嬉しい。早く再開されるといいな。

2001年10月7日
見られていると言う意識

自分が運営しているサイトが見られているか・・。要するに訪問者がいるのかと言うことは誰しもが気にしていることと思う。そのためのCGIがある。アクセ スカウンターがそうであり、また、アクセス解析がそうだ。1日に何人の訪問者が有ったか。どんなところから、どんなところを経由してきているのだろう。検 索で来た人はどんなキーワードで来たのだろうか。どの部分を見ていったのだろう。こう言ったことをすべて一覧にしてくれるソフトだ。

あたしもこの二つのCGIは設置してある。しかし、ここで出てくる数字が自分にとって重荷になっていてはいけないだろうと思う。また見られることを意識し て、それが重荷になってもいけないが、見られていないと言うことが重荷になってもまた困る。見られることを意識して奇麗事を書いていたのでは、本音をぶち まけると言うわけにもいかなくなるだろうし、逆に見られているということを無視して好き放題書いていても、それはそれで来てくれる人が減るに違いない。つ まり見に来てくれなくなると困るからと言いたいことを加減したり、もっと書かないと今来てくれてる人が減るかもしれないとオーバーになったり、あるいは数 字のちょっとした動き(変動)に一喜一憂しながら何を書いたら見に来る人が増えるか、あるいは減るかと悩んだり。これでは疲れるばかりだ。

あたしの場合、検索エンジンに登録してもらっているわけではない。ネットで知り合った人にリンクしてもらっていると言う程度だ。だから左程数字には期待し ていない。一つだけ気にしている数字があるが、これはどの内容に人気が有るかと言うことだ。人気が有ると言うのは見に来てくれる人が多いと言うことで、そ れはその見に来る人が関心があるということだ。人が関心を持っていることと、あたしが関心を持っていることが一致をすれば、あたしが何もしなくてもアクセ ス数は自然に増えるわけだ。そしてあたしが書いた内容に同意する人も多いということなのだろうから、あたしが憂えていること自体が改善されるかもしれな い。これは良いことだ。

話は変わるが、あたしが高校生だった頃の女子校生はおとなしいものだった。いや中身はともかく外見ではそう見えた。この当時はまだ親の躾が厳しかったせい もあるだろう。悪い事を教える質の悪いテレビ番組もなかったし。ところが最近の女子校の生徒を見ていると共学の女子高生に比べると程度が落ちるのだ。以前 女子校に通う女の子から直接聞いた話なのだが、男性がそばにいないと見られているという意識がないからどうしてもだらしなくなると言うのだ。身だしなみ、 そぶり、言葉遣いすべてがだらしなくなるらしい。名古屋市内にある名門の女子大がある時から男子の入学を認めた。するとその頃から、急にその学校の女子学 生が女らしくなり始めたのだ。とは言え、あたしがまだ若かった頃の女らしい女性とはまるで質が違うんだがね。それでも、女子だけだった頃と比べるとまるで 違うのだ。ずっと共学だった学校の女子学生よりも女らしくなったかもしれないと思うほどだ。人から見られているという意識を持つことがどれほど人間を変え るものかという良い例だなと思う。

2001年10月8日
鏡の中

床屋へ行って来た。あたしの場合は髪が伸びるのが遅い上に、いつもかなり短くしてもらっているので、2ヶ月に1回で間に合うのだ。しかしあたしがまだ30 台の前半くらいまでは、1ヶ月に1回行かないと、髪に自然のウェーブが掛かってまるでパーマをかけたようになるので、1ヶ月に1回通っていたのだ。ちょっ と湿り気があったり、直接風が吹きつけると言うような時には額の上の髪が丸まってセルロイドのキューピーみたいな頭になったほどだ。

床屋で髪を刈ってもらってる間、見える世界と言うのはほとんどが裏返しの世界だ。自分の後ろに貼ってあるポスターも後ろで仕事をしている散髪屋さんも皆鏡 越しにしか見えないからだ。だから頭の良い人は面白いものを発明する。床屋さん用の時計なんてのが昔は有ったらしい。直接見ると数字は裏返し、針は左回り に回っていく。これを後ろの壁に貼りつけておくと、頭を刈ってもらいながら鏡越しに見る場合正常に見えると言うわけだ。

床屋さんには床屋さんならではのものが置いてある。鏡の手前の小さな張り出しの上に気彫りの人形がいた。この人形は何をするのかと聞いたら、眼鏡置きだと 言う。確かに頭をいじる間めがねは邪魔になるのだ。歯医者へ行ったとしても恐らくそんなものは置いていないだろう。そしてこの数年前まではなかったものが 最近では置いてある。透明の筒だが、竹筒を斜めに切ったような形のものだ。何をするのかと思ったら、携帯電話を置いておくためのものだそうだ。実際には見 たことがないし、もしかしたらまだないのかもしれないが、左右が逆に映るテレビなんてのもやはり床屋用としては有ってもおかしくないものだと思う。こんな の線を繋ぎかえるだけで出来そうなもんなのだが。走査線を左から右へ流す線を逆に繋げば、右から左に流れるようになって鏡越しでもまともに見られると思う んだがなぁ。

頭を刈ってもらいながらそんなことを色々と考えていたのだが、映画の中などでも鏡越しの場面で不思議な場面があることを思いだした。もちろん映画ばかりで はない。テレビドラマにも出てくるようなシーンだ。例えば女性が鏡の前に座って化粧を始める。鏡の中にはその化粧をしている人が写っていて、しかも同時に その本人の後姿が画面の中に写っているのだ。つまり鏡の手前にいる人の後頭部や肩が写っているのだが、それを写しているカメラがない。鏡が小さくてカメラ が写りきらないと言うのなら理解できるが、大きな鏡の前で撮っているのにその鏡にカメラが写っていないと違和感が有る。後ろに戸棚でも有ればそのガラス戸 の中にカメラがあるのかとも思うのだが、そういったカメラの隠れる場所がないのに鏡にカメラが写っていないとどうやって撮影したのだろうとストーリーそっ ちのけで悩み始めてしまうのだ。どうもあたしは覚めた目で映画を見ているらしい。一体どう言うトリックを使ったのだろう・・・なんてね。

それとは逆に、女優の演技力に感心してしまうこともある。鏡の中の自分の頭を整えているはずなのに、その女性が見ているのは「カメラ」と言うシーンが有 る。つまり、本人が鏡の中の自分の頭を見ながら櫛を使っているとすると本人の目線は鏡の中の自分の頭を見ているはずだから、カメラを見るはずはないのだ。 本当ならば・・。それなのに、本人は鏡の中のカメラを注視している。それは撮影された映像を見ているあたしらを直接見つめる目線になるのだ。しかし、撮影 中に鏡の中のカメラを見ていれば、鏡に写る自分の頭は見えないはずだから、その状態で綺麗に唇に紅を乗せることが出来ると言うことは鏡無しでも出来ると言 うことなのだ。鏡無しでも髪を綺麗に分けることが出来る人なのだ。もちろん普段からそう言う練習はしているのかもしれないが、いかにも鏡を見ながら、鏡の 中の自分の頭を見ているような顔をしながら、実際には鏡に写るカメラに向かってそう言うことが出来る、しかも鏡の中の自分の頭を見ながら髪を整えているの だと言う演技が出来ると言うのは素人のあたしからするとすごいなぁと思えてしまうのだ。ちょっと今日のは言い回しが難しくて言いたい事が伝わったか心配。

2001年10月9日
戦争を肯定はしないけど

こういう事件があるたびに出てくる馬鹿がいる。戦争反対・武力の行使反対。確かに言ってる事は分かるよ。だけどね、出てきなさい、何もしないからと言って も出てくる相手ではないんだよね。

例えば、あんたんとこの子供が放し飼いの犬にかみ殺されたとする。飼い主のところへ行って犬を出しなさい、と言っても素直に飼い主が応ずるわけがない。家 の犬がやったと言う証拠はあるのか。家の犬はおとなしいんだと言って抵抗するだろう。まして、犬に向かって出てきなさいと言っても出てくるはずはない。

あんたんとこの娘がナイフを持った暴漢に陵辱を受けたとする。警察に行って、相手はナイフを持っているが、武器を持たずに行って逮捕してきて欲しいと言っ ても警察は相手にしてくれないだろうと思う。武器を持たずに逮捕しに行って何人もの警察官が怪我をしたり最悪死んだりすることはあっても、犯人を無傷で逮 捕出来るものではない。

犬に向かって、言葉で出て来なさいと言っても出てくるわけがないのに、出て来るのをただ待っていれば、その犬はまた別の子供を襲うかもしれないのだ。女性 に暴力を振るうナイフを持った男を素手で捕まえることが出来ないからと言って手をこまねいていれば、また別の女性が襲われるかもしれないのだ。それでも暴 力は反対なのだろうか。それでも武力を行使しては行けないのだろうか。

今回の空爆やミサイル攻撃はあたしが考えていたよりもずっと早く始まった。北部同盟に対する援助物資の補給を行うためにはどうしても必要だったのだろう。 またタリバンのやってることは宗教戦争に名を借りた憂さ晴らしにしか見えない。過激派上層部の一部の人間がお遊びでやってるのではないだろうか。確かに、 15〜6名で行われた同時多発テロはかなり大きな効果があったが、逆に攻撃された時の被害はそんなものでは済まないと言うことは分かっていたはずだ。また その結果景気が後退すれば、過激派にとっても資金源をなくすと言う危険性をはらんでいるわけだ。

自分は安全なところに隠れていて何の心配もないからこそ出来る遊びではないだろうかと思えてしょうがない。パソコンのゲームみたいなつもりでいるのではな いだろうか。

湾岸戦争の時にも言われたことだが、兵器、特にミサイルのような兵器はある時間がたつと使い物にならなくなるそうだ。燃料にしても、爆薬にしても効果がな くなるらしい。かといって「賞味期限」の切れた食品をぽんぽんと捨てるコンビニみたいに、兵器を気軽に捨てるわけには行かない。もちろん、あたしらからす れば捨ててもらった方がありがたいのだが、予算の関係もある。兵器メーカーとしても、どんどん買ってもらわなくては儲からないから、今兵器庫に眠っている 兵器をどんどん使ってもらわなくてはならない。だから定期的に空爆をやったりミサイル攻撃をしたりするのだとか。そう言う意味で言うとゴアさんよりブッ シュさんが大統領になるのを望んでいたといわれる兵器メーカーの思惑は大当たりだったと言うことになるのだろう。

2001年10月10日
騒音と振動

今日の出来事-色々
久しぶりに隣の資材置き場の騒音と振動で目が覚めた。今の時期、暑くもなく寒くもないのでガラス戸を開けたまま寝ているからもろに音が入ってくる。くそっ たれ〜!寝てる人間の身にもなって見やがれ〜って思いながら時計を見たらちょうど起きる時間。昨日は外で食事をした時にビールを飲んで帰ってきてから、空 爆のニュースを見ながらまた朝まで飲んでいたもんだから飲みすぎていたのだが、それでも目が覚めると言うのは騒音と振動が久しぶりに激しかったからか。春 と秋にガタガタとうるさいと言うことは、やはり期の変わり目だから仕事が入ったのだろうか。それとも仕事がなくて暇だから、たまには資材置き場の整理でも していたのだろうか。

そこにいたの?

通りの両側にトラックが止まっていた。ちょっとずらしてはあるのだが、ほぼ反対側に停まっている。何か工事をしているらしい。この2台のトラックの間は車 がすれ違えるほど広くはないので対向車があればどちらかが停まらなくてはならない。対向車は?と見るとかなり先のほうにいる。当然こちらが優先だろうと 思っていた。あたしの前にいた2台の車もそのつもりでスピードを落とさずに走っていたのだが、対向車はそれに構わず、センターラインをまたぎ始めた。先頭 の車も2台目もあたしも泡食って停まった。ひでぇやろうだなぁ、どう見たってこっちの方が優先だと思ったのだが、何だって強引に突っ込んできたんだと思い ながら走り始めた。トラックの横に差し掛かったら、右のトラックの後ろに人が立って旗を振っていた。そんなとこにいたって対向車からは見えてもこっちから は見えねぇだろうが・・・。きっとシャイな人なんだろうな。

誰が食べるの?

カフェテリヤ方式の飯屋でのこと。お盆を持って好きなおかずを載せながら1人前の食事を選んだ人がそれを店員にパックして暮れと頼んでいた。その店ではお 持ち帰りが出来るのだ。しかし、パックに詰めなおすのに結構時間が掛かっている。その時間があれば早食いの人だったらもう食べ終わってるんじゃない?と言 いたくなるほどだ。確かに今までにもテイクアウトをしている人は見たことがあった。自分はそこで食べて、家で待ってる人のために1人前を持ち帰るとか、は じめから2人前をパックしてもらってるなんて人ばかりだった。1人前を持ち帰ると言うのは自分の分なのだろうか。それとも自分はどこかで済ましてきて、家 で待ってる人のために1人前だけ持って帰るということなのだろうか。自分の分だとすれば、今すぐに食べるのではなくもっと遅い時間に食べるつもりなのだろ うか。う〜〜ん分からん。ま、人のことだからあたしには関係ないんだけどね。気になるんだなぁ、こういうの。あたしだったらゴミが増えるから持ちかえって 食べるのはいやだけどね。

2001年10月11日
パズル・リング

先月だったか、飯屋のレジの横に有った知恵の輪を買ってがっかりした話を書いた。上級者用とあったのに、実質15分くらいで外れてしまって、がっかりした ものだ。あれでは時間つぶしにもなりゃしない。このとき買った知恵の輪の箱の中に折りたたんだ紙が入っていて、他の知恵の輪の紹介が載っていた。この中 に、昔あたしが苦労した知恵の輪の写真が載っていたので、数日後に取り寄せてもらうように頼んだ。

この取り寄せを頼んだ知恵の輪というのは、ばらばらに外れるようなものではなく、4本のリングが絡んでいると言うだけのものだ。それぞれが絡み合っている 4本のリングを組み立てると指輪になるのだ。指輪、つまりリングになる知恵の輪と言うことで、パズル・リングと言う名がついている。あたしがこの指輪を最 初に見たのは、まだ中学の頃のことだ。お袋が持っていたのだ。まさかちょっと触っただけで崩れてしまうとは思ってもいなかったので「綺麗だなぁ、ちょっと 見せて」と持ち上げたとたんに手の中で崩れてしまった。完成している状態を見たのはほんの一瞬。翌日学校へ持って行って、教科書の陰でこそこそと・・・。 何とか1日の授業を全部つぶして組み立てることが出来た。

その後、成人したあと、新宿の地下でこれを再び見つけた。このときに幾つか買っておけば良かったと未だに後悔している。ここで一個を買って以降、これを 売ってるところを見たことがないのだ。ちょっと力を入れると曲がってしまうほどで、一旦曲がってしまうと組み立てがうまくいかなくなるし、仮に組み立てて も綺麗に揃わなくなってしまうのだ。今手元にないということはきっと曲げてしまったのだろうと思う。それともどっかにしまい忘れているだろうか。

この指輪は取り寄せを頼んでから約1ヶ月掛かって届いた。デカイ。なんでこんなにデカイのだ。指を5本そろえて入れてもまだ余裕がある。かといって腕には 嵌らない。確かにこれだけデカクて頑丈なら曲がったりすることもないだろう。だけどこれでは遊べない。いやパズルとしては遊べるんだよ。だけど遊べない。 どう言うことかって言うとね、飲み屋に遊びにいった時なんかにそこの女の子をからかったりする遊びが出来ないのだ・・、こんなにデカクては。ま、今更そう 言ったところへ遊びにいくこともないんでいいんだけどね。若い頃はよくそう言うところへ、突然指輪をして行って驚かしたりしたもんだ。え?いつ結婚した の? なんて言われるのが面白くてね。で、いや〜、やっぱり分かる〜? なんて言いながらその指輪を外して綺麗でしょ? すると女の子はそれを持ち上げる のだが途端にばらばらになったりして・・・。この時の女の子の表情が面白いのだ。びっくりした顔、困惑した顔、その場を繕うようにとにかく笑って誤魔化そ うとしたりして面白いのだ。

入っていた箱の説明ではかなり昔から有ったらしい。中世のヨーロッパで流行ったのだとか・・。婚約者や嫁さんにつけさせて浮気の防止、あるいは浮気の証拠 にするために使ったらしい。つまり浮気をする時には指輪を外すのだが、すぐに崩れてしまう。簡単には組み立てられないから、指輪が崩れていたら浮気したと 言うことになってしまうわけだ。ま、ギロチン付きの貞操帯よりは増しだろうけどね。

2001年10月12日
始めての免許更新

今日は免許の更新に必要な書類などを集めて回った。とにかく相手は普通の時間帯で動いているので、あたしみたいにずれた生活をしているものにとっては大変 な仕事となる。朝の8時過ぎに寝て、夕方の4時頃起きると言うような生活をしていると、目覚めて支度が出来た頃には相手のほうが終わってしまっている。例 えば今困っていて、早くしなくては・・と思っていることが一つある。3時前に銀行にいくことだ。と言うのが、通帳が一杯になってしまっていて記帳が出来な いのだが、これは窓口が開いている時間帯に行かなくてはならないのだ。ところが目が覚めるのが4時頃だから間に合うはずが無い。とりあえず入出金の明細だ けはインターネットで分かるからいいのだが、やはり記帳はしておかないとね。

今日も朝の8時過ぎに寝たのだが、目覚ましを二つ用意しておき無理やり11時半には起きた。今日の用事は昨日予約しておいたので行かないわけにはいかな い。予約をしておかなかったので、この1週間、明日は行かなければ・・と思いつつ、夕方まで寝てしまっていたのだ。予約をすることで、どうしても今日は無 理やり起きて行かなければならないという状況に自分を追い込んだのだ。しかし、そこまでしないと用事も済ませられないと言うのも情けない話ではある。それ も免許の更新に必要な書類の一つであるのに。そして免許の更新が出来なかったら生活の糧を失うと言うのに。

今日の用事と言うのは、まず交通事故対策センターで運転適正診断を受け、その書類を貰ってくると言うこと。それから組合の本部へ行って免許や車検証、健康 診断書などをコピーしてもらうこと。そして写真票(法人タクシーで言うところの乗務員証)に貼る写真を撮ること。写真を撮るためにはネクタイを着て上着を 着ていなくてはならない。まだ左程寒くないので、未だに開襟シャツの上から上着を着て仕事をしていたのだが、今日はちゃんと普通のシャツを着てネクタイを して出かけた。

ところが、この写真を撮る段になって面倒なことがあった。組合本部の人が、写真を撮るならすぐ近くにあるホームセンターへ行けばいいと教えてくれたので、 言われた通りそこへ出かけた。駐車場が屋上にあり、そこで聞いたら下へ降りてまっすぐに行くとサービスカウンターがあり、そこにあるということだった。そ のサービスカウンターはすぐに見つかったのだが、写真を撮る機械が無い。そこで聞いてみると更に下の1階の入り口のところにあると分かった。言われた通り 1階に降りると確かにあるのだが、100円硬貨が5枚必要なのだ。手元には千円札が数枚あるだけなので、近くに両替機は無いかと探したが見つからない。缶 飲料の販売機が何種類か置いてあるが、120円の缶を買ったとしても、880円のお釣が500円硬貨交じりで出てきたのでは駄目なのだ。500円硬貨すら 使えないのだから。その500円硬貨でもう一本缶を買わなくてはならないのだ。かといってもう一度2階の売り場へ上がって両替をしてもらうのもまた面倒 だ。建物の外に園芸関係の清算をするためのレジがあるのを見つけたのでそこで両替してもらうことにした。買い物客の清算が済むまで待たされたが、両替をし てもらってやっと写真を撮ることが出来た。

写真の出来あがりを待ちながらよく見ると「両替はサービスカウンターで」と書いてある。さっきここの場所を聞いた時、サービスカウンターの人はそのことを 教えてくれなかったのはなぜだろうか。小銭が無いと撮れませんよ。両替は必要ないですか?くらいの事を聞いてくれたっていいじゃないか。それとも知らん顔 をしていれば、2階に上がるのを面倒がって自販機で缶飲料を2本買うかもしれないと言う期待を込めて黙っていたのだろうか。確かにサービスカウンターへ戻 るのは面倒なのだ。場所は真上なのだが、階段の位置がずれているんでね。それに最初に屋上で教えてくれた人だって親切とは言えなかったなぁ。確かに、聞か れたことについてだけ、簡潔に答えれば良いと言うのは正しい。名古屋の人はそれを忠実に守っている人が多いようだな。

ところで、免許の更新になんでそんなに色々な書類が必要なのかって? 運転免許証の話じゃないよ。個人タクシーの事業免許の更新の話だ。これの他にも色々 あるんだが、そっちの方は組合がまとめて取ってくれるらしい。本人で無ければ出来ないものだけを集めてきたというわけだ。だってあたしの代わりに写真を 撮ってきてくれとは言えないからなぁ。

2001年10月13日
偏見のみで書いてみると

アフガニスタンへのアメリカの攻撃でかなりの民間人の犠牲者が出ているらしい。タリバン側が言うことだから大げさに発表している面もあるのだろうが、ま るっきり嘘とは言えないだろう。困ったものだ。もちろんアメリカだって民間人に犠牲者が出ればイスラム諸国の支持を得られなくなるのは分かっているので、 注意深く爆撃しているはずなのだがそれでもかなりの被害者を出しているらしい。ピンポイント爆撃などと言うものは、昔から日本の諺にある「二階から目薬」 みたいなことをやろうとしているわけだから。

かつてソ連軍が侵攻した時に使用していた空港が、現在はタリバンの軍事施設になっているという情報を元に爆撃したら、そこには民間人しかいなかったなんて 言うこともあったそうだ。誤爆ではなく、狙って爆撃をしたところが実際には軍事施設ではなかったと言うのだ。間違った情報を元に攻撃したと言うことらし い。本当にそうなのだろうか。実際には軍事施設でありながら、民間人を一緒に生活させておいてカモフラージュを計ろうとしていたのではないだろうか、と考 えることも出来そうだ。かつてのベトナムでもゲリラは農民に混じって生活していた。というよりも農民そのものがゲリラだったと言うか。

更にうがった見方をすれば、狙われることが分かっていながら民間人に犠牲者が出れば、それをアメリカを非難するために利用できると言うことで、わざと民間 人をそこに住まわせていたのかもしれない。あるいは民間人が一緒にいれば、攻撃を避けられるかも知れないなんていう甘い考えを持っていたのかも知れない。 そうなってくると民間人はタリバンの盾にされたようなものだ。

彼らはかなりの情報網を持っているのだから、アメリカが攻撃目標にする施設は予め分かっていたはずだ。それならその付近にいる民間人を避難させることは出 来たはずなのだ。実際に報復するとアメリカが発表してから攻撃するまでの間に避難するための時間は十分にあったはずなのだから。昔の日本でも学童疎開など と言うのがあった。アメリカが攻撃目標とする可能性のあるところから安全なところへ子供たちを避難させたのだ。なぜタリバンはそれをしなかったのだろう。 やはり民間人の犠牲者を多く出すことによってアメリカ支持に回っているイスラム諸国を呼び戻そうとしているのかもしれない。

と言うことで、偏見のみで書いて見た次第。

2001年10月14日
昔のいろはカルタ

きのうの日記を書いている時に、「二階から目薬」なんて古い諺を持ち出した後、急に古い諺が気になってそっちの話題に反れそうになった。話が反れてはいけ ないということで、メモだけしておいて本来の目的の話を書き上げたのだが、今日はその諺について・・。

最近のカルタはアニメキャラの派手なものが多いらしい。確かにそれでもいいのだが、流行り廃れが激しい。あたしらが子供の頃だってそうだったが、カルタ遊 びなんて言うのは正月の遊びだからせいぜい2週間くらいしか遊ばないだろう。そのまましまい込まれて翌年また遊ぶかと言うとそうではない。翌年になればま た新しい人気キャラが登場していて、それを買って遊ぶから前年にお世話になったカルタなど忘れられてしまうのだ。ところがあたしらが子供の頃は、毎年同じ カルタを出してきて遊んだものだ。絵柄を覚えてしまっているからだんだん取るのが早くなる。それがまた楽しかった。

今でも覚えているので面白かったのは「安物買いの銭失い」。下駄の鼻緒が切れてつんのめっている絵柄だった。そういう諺を耳で聞き、絵柄を見て親にその意 味を教えられる。こんなに教育的な遊びは昔の古い時代では当然だろうが、今でも他には無いのではないだろうか。いや、むしろ今ではいろはカルタを探しても 見つからないので、こんな教育的な遊びは既に無くなっているような気もする。もちろん、その諺の勉強と言うことに限らず、何人かの子供が集まって遊ぶのだ から色々ルールもあったし、そう言う意味でも教育的な遊びだったのではないかと思う。

このいろはカルタで遊んだ世代は、結構日常的にその諺が出てくるものだ。例えばタクシー仲間の会話の中でも出てくる。

「昨日はいい仕事があったんだって? 凄い売上じゃないか」
「いやぁ実はねぇ、○○で乗せたお客が△△まで行ってくれたんだよ」
「よくそんな客がいたなぁ」
「いやぁ、犬も歩けば・・さ」
これは「犬も歩けば棒に当たる」と言う諺のことだ。あたしの場合は中学まで東京だったので江戸カルタの諺で覚えている。上方のほうは幾つか違う諺を使って いるらしい。あたしが覚えている奴では「ろ」が二種類あった。どっちがどっちのカルタだったかは忘れたが「論より証拠」と「論語読みの論語知らず」とだ。 と言うことは家には二組のカルタが合ったのだろうか・・。

「いやぁ、参ったなぁ。このボールペン、もう使えなくなってしまった。この間買ったばかりなのに・・・。3本100円だったんだよ」
「それを『安物買いの銭失い』と言うのさ」

「昨日はえらいとんでもないところで無線の仕事を受けていたなぁ。あんなところ普段走ったことも無いんだろ? よく分かったなぁ」
「いやぁ、門前の小僧って奴さ。いつも無線が指示していることを聞いていたからな。行ったこと無くても道順は頭の中に刷り込まれちゃったのさ」
この「門前の小僧」とは、「門前の小僧習わぬ経を読む」と言う奴で、いつもいつもお寺の前で遊んでいるうちに、中から聞こえてくるお経を覚えてしまったと 言うことだ。

上の例の逆が「論語読みの論語知らず」だ。
「昨日○○の奴、わかってるような顔をして無線の仕事を受けたはいいが、なかなか到着できずにお客に怒られたらしいぜ」
「あいつは他の奴が無線で指示を受けている時でも、いつもテープレコーダーで録音してるって話じゃないか。それを全部略図にしてファイルしてるって聞いた けどなぁ」
「結局は論語読みの論語知らずってやつだろ? 聞いたことを紙に書いたと言ったって実際にその辺りを知らなければ紙に書いたことだけでは行けないよ」
例えば交差点があって、その道路がきちっと東西と南北に沿っていないような時には会社によって種々の約束事がある。○○の交差点を東へ、と言う指示を受け ても、約束事を知らないと北東の方か南東の方か分からないと言うことになってしまうのだ。そこでは斜めであってもその先で東へ向かう道を指していると言う 場合。あるいはその先もずっと斜めのままであっても、その交差点においては約束事で南東に延びる道を東と決めている場合などがあるのだ。意味も知らずに指 示だけを鵜呑みにしては目的地へ行けないと言うことだ。

他にも色々あるんだが、長くなりすぎた。またの機会に。

2001年10月15日
ピーッピーッピーッピーッ

オートマチック車でバックする時、つまりシフトレバーを「R」にしたとき、車内でピーッピーッピーッピーッと電子音がなる。ところが外車ではこれがならな いのだ。以前、それまで国産車に乗っていた女の子が外車を買った。ドアが凹んでも元に戻ると言う奴だ。買って間もなく文句を言い始めた。「R」に入れても 電子音が鳴らないというのだ。販売店に文句を言ってもそう言う仕組みになっていないと言われたと怒っているのだ。

外国の映画などを見ていても、トラックがバックする時にバックブザーが鳴っているのを聞いた事があるだろうか。多分聞いたことはないはずだ。正確なことは 知らないが、外国にはそう言った決まりがないはずなのだ。ところが日本ではトラックに限らず、自家用乗用車以外はバックする時に警告音がなるように義務付 けられている。そう言う決まりが出来た当初は何の音だろうと回りをきょろきょろするだけだったが、すぐにその音を聞くと近くにバックする車がいると分かる ようになった。つまり、あの警告音が聞こえるとどこかの車がバックするので気をつけようと言う条件反射が植え付けられてしまったのだ。そこで、オートマ車 の場合は「R」に入れた時に、車内にそれと同じような音を流してこの車がバックを始めると言うことが分かるようにしたわけだ。運転者のミスを防ぐために。 いわばおまけと言うわけだ。と言うわけでバックブザーの取り付けの義務がない外国ではこんなものは付けていないし、仮に付いていて音がしたとしても何の意 味かわからないに違いない。輸出車両には付いているのだろうか。

ちょっと横道にそれるが、トラックでもバックする時にならないことがある。これはあたしが運送会社でトラックに乗っている時に経験したことなのだが、最初 は故障したのかと思った。どういうことかと言うと夜になるとならないのだ。ところが翌日の昼間になるとなる。待てよ? と思い昼間、車幅灯を付けてから バックを始めたらならない。なるほど、夜間は静かにするためにならないのか。それに夜間なら、バックアップライトが点くから音がしなくても気がつくだろう と言うことだな。ということで納得。

それではトラックや商用車がバックする時になぜあんな音がするのかと言うと、かつてバックによる事故が多かったからなのだ。確かバックブザーが義務付けら れたのは30年くらい前のことではなかっただろうか。駐車場で遊んでいる子供が轢かれたりする事故が多かったのだ。トラックやバンなどは後方の確認がしづ らい。仮に走り出す前に車の周りを一回り回って安全を確認したとしても、運転席に乗りこんで走り出すまでの間にまた子供が寄って来ている可能性もあるの だ。そこで周囲の人に注意を促すためにバックブザーの取り付けを義務付けたと言うことだ。このように日本にしかない決まりと言うのは他にもある。例えば大 型トラックの前の窓の上に青いランプが3個ついている。これはスピードによって点くランプの数が変わり、今現在そのトラックがどれくらいのスピードで走っ ているか前から見ただけで分かるようにしていたと言うわけだ。何かで読んだ話だが、これは近いうちに姿を消すらしい。

さて、こんなうるさいバックブザーを取り付ける義務と言うのが日本にしかないと言うことは、日本人がいかに自己防衛能力が落ちているかと言うことだ。40 年以上も前、まだあたしが子供だった頃は、車の数は少なかったが車の音がすれば自然と邪魔にならないように、また事故に合わないように除けたものだ。子供 の頃は東京に住んでいたが、よほど大きな道でない限り歩道などはほとんどなかったし、舗装もされていない道の方が多かった。だから走っている車も少なかっ たが、車の方も人を見れば、馬鹿みたいなスピードで走ることもなかった。それでもちゃんと車が来れば除けたものだ。

あたしが18年くらい前に名古屋へ戻ってきた時に一番驚いたのは、歩道があるのに車道を広がって歩く中高生だった。しかも車が近づいても除けない。車が後 ろから来ていても、よそだったらよけるのに名古屋では前から来ていても除けないのだ。クラクションを鳴らせば睨み返す。こうなると自己防衛本能の欠如と言 うより、歩行者優先の履き違いだろうと思う。以前見た光景だが、車庫からバックで出てくる車がいるのに、そのバックしている車の後ろを無理に通りすぎよう としている女子高生がいた。それでも車はバックしつづけている。運転者もどうかしている。後ろを見ていないのだろうか。それとも、歩行者が諦めて停まると 考えているのだろうか。しかし、その女子高生は車が下がるのに合わせてどんどん車道にはみ出して行った。こうなると車の後ろを横切ると言う状態ではない。 車の動きに合わせてぶつからないように、車の後ろを車と同じ方向に逃げているような形なのだ。そこまで歩行者優先を主張したいのだろうか。それとも、 ちょっと待って先に行かせた方が安全で早いという判断能力のない人間なのだろうか。こういう時に一番大事なのはアイコンタクトなのだが、名古屋では人の目 を見ようとしない。目が合いそうになるとすぐにそらす。だから運転者が自分を見ているかどうかなどまるで気にしていない。自分を見ていない車が動いていた ら、それは自分にとっては危険なことだと言うことを認識していないのだな。名古屋の交通事故が減らないわけだ。

2001年10月16日
表情筋

今日、ポケットの中にメモがあるのを見つけた。何だっけ・・と思いながら見ると「表情筋」と書いてある。一瞬考えたが、何の事はない。先週床屋へ行った時 に聞いた言葉を書いておいたものだった。忘れないようにメモをして置いたのに、そのメモそのものを忘れたのでは意味がない。

最近鏡をじっくり見ることがなくなった。いやこれは不正確だなぁ。鏡の中の自分をじっくり見ることが少なくなったと言うべきか。実際には毎日鏡を見てい る。目を覚ませば顔を洗ったり髭をそったりする時に見る。飯屋で手を洗うときにも見る。スタンドへ行って燃料を入れてもらっている時にトイレへ行けば手を 洗う時に見る。しかし意識してじっくり見ることがほとんどなくなったのだ。手を洗うときには手元を見ているし、髭をそる時には顎や頬を見ている。髪が有っ たころは髪を梳くために頭頂部を見ていた。つまり顔全体をじっくり見ることなど滅多にないのだ。

ところが床屋へ行くと自分で何かをしていると言うわけではないし、老眼になってからは漫画を読んでいるわけでもない。寝かされていれば目をつぶっている が、椅子が起きている時にはつい進行具合を見るために鏡を見てしまう。そうなると普段あまり気にしていなかったことに気がついたりするのだ。で、先週床屋 へ行った時に気になったのは目であった。叔父や、従妹と同じような目になっていたのだ。親父は既に9年前に逝ってしまったが、その当時はどうだったかな。 とにかく目尻がどんどん下がっているのだ。かなり情けない、しょぼくれた目になっている。子供の頃は「狐目」と言われるほどの釣目だったのだが・・。

で、床屋のおかみさんと話をしたのだ。子供の頃は釣目だったのに、最近は何でこんなに目尻が下がってしまったのだろう、ってね。で、初めて聞く言葉だった のだが、それは表情筋のせいだと言われた。つまり、若いうちはこめかみの辺りにある筋肉が目尻を吊り上げているのだそうだ。その他の部分にも人の顔の表情 を作る筋肉があって、それらをまとめて表情筋と言うらしい。で、それが衰えると目尻が下がったりすると言うのだ。いやぁ〜、知らなかった。なるほどおかみ さんがこめかみの辺りを指で押し上げたら昔馴染みの自分の顔が現れた。と言うことはこの衰えた表情筋を鍛えれば、昔のきりっとした顔に戻るのだろうか。今 度行った時にその鍛え方を聞いてこよう。

2001年10月17日
眠い! 眠い! 眠い! 

おまけに耳鳴りもひどい! こんなに閑な時でなければ「えいっ! 今日は休みだ!」って不貞腐れて休んじまうところなのだが、そうもいかないところがつら い。なんつったって1時間ごとに震度2くらいの地震が来るんだから、まともに寝てらんない。今日のは特にひどかったなぁ。箪笥の上に親父がどこか行く度に 買ってきた土産の人形をいれるガラスケースが置いてあるんだが、これがガタガタと揺れるんだから。で、それが10分か15分は続いてね。その間、早く終わ れ〜、どっかへ行っちまえ〜って念仏を唱えながら待ってるんだが、静かになったからってすぐに寝られるもんじゃぁ無い。そのうち寝付いたかと思えば、また 3〜40分で戻ってきて始まる。今月に入ってからのものとしては最悪だったな。なんの話かは言わずもがな。例によってお隣の資材置き場の騒音と振動のお話 だ。文句を言えばいいじゃないかって? 嫌だよ。相手は腕っ節の強い土建やさんだよ。話して分かる相手じゃないんだよ。話してみないうちからそんなことが 分かるのかって? 分かる相手なら、いつまでも住宅街の中でそんなことするかよ。

いつも行く飯屋で、最近見なかったアルバイトの女の子が久しぶりに来ていた。「なんだぁ、辞めたのかと思っていた」って言ってやったら、みんながそう言う とむくれていた。大学の4年だと言っていたが、就職しないつもりらしい。気楽なもんだ。いや別に就職しないのが気楽と言っているのではない。就職活動をし ないで済むから気楽だな、とこう言うわけだ。久しぶりだったものだから、以前あたしが頼んだパズルはもう受け取ったかと心配していた。先週書いた指輪のパ ズルのことだ。ところがこの時になって「あれ?」と思うことがあった。パズルを頼んだ相手はその飯屋の店長だ。ところがパズルをあたしんとこへ持って来て 「やっと入りました」と言ったのは若い男性社員だった。あたしの名前なんか知らないはずだし、その時に店長はいなかったのだから、パズルを頼んだのがこの あたしだってことはそいつは知らなかっただろうと思うのだが、どうしてあたしだと分かったのだろう。こういうことは、コンビニや喫茶店などでも何回か経験 している。早番と遅番の両方がいる時間帯に行った事が無いのに、早番と遅番の間で話が通じているらしい、なんてことが何度もあるのだ。早番のいる時に話し たことが、遅番にも通じていて、遅番しか居ない時間に行くといきなりその話をされたりしてね。きっと渾名かなんかをつけてるんだろうなぁ。いや待てよ。渾 名をつけてるにしても、その渾名の主があたしだということは分からないはずだよなぁ。??

今日は寝不足だから早く帰って寝ようと思っていたのだが、結局いつもの時間まで仕事をしてしまった。というより、いつもの時間よりちょっと遅くなってし まった。そろそろ最後のバスが来るかなと思っている時間に他から歩いて来た人が20分くらいの距離を乗ってくれたのだ。ありがたや、ありがたや。不思議な ことに、今日は早く寝ようなんて思っている時に限って、こういうことになるのだ。あたしの先輩でも、歯医者に行って頭が朦朧としているので今日はもうやめ て帰ろうと思うとお客に手を上げられ、しかも長距離で参ったという人がいた。しかもやっと帰れるなんて思っていたら、また手を上げられて・・・。その先輩 は、結局いつもの倍以上の売上を上げてしまったと言っていた。そんなものなのだ。「今日は絶対に・・・」なんて意気込んでいる時にはそんなことは無いの に・・。

しかし、この寝不足の時の目の弱さ! 普段自分の吸うタバコで目がしみるなんてことは滅多に無いのだが、今日はそう言う日だった。だからお客がタバコを吸 いたいなんて言い出すと「勘弁してぇ〜〜」って訳だ。普段、別に寝不足ではない時でも人がタバコを吸うと恐いのだが、今日だけはきっと人がタバコを吸った らどうにかなっていただろう。しかし、体調が悪いからと言って、簡単に休めるほど忙しかった時が懐かしい。この「寝る暇がないほど閑な時」には、つまり 「寝る暇を惜しんででも仕事をしていなければならないほど閑な時」には、今日休んだ分を明日取り戻すなんてことはできないということなのだ。

2001年10月18日
寒い冬が来る?

今年の夏は酷暑になりそうなほど、気温の上がり方が早かったのだが、お盆を過ぎたら途端に過ごしやすくなって驚いた。そして、彼岸を過ぎた頃からたまに残 暑の日は有ったものの、急に秋らしくなった。そして、日中は別として、朝晩の気温の下がり方からすると寒い冬が来そうな気配。あしたは晩秋か初冬並に気温 が下がるらしい。

火曜日の夕方から雨が降り続いているせいか、今日は肌寒いほどだった。例年だと、10月になってもまだ衣替えは早いんじゃない? と言いたくなるほど暑 かった覚えなのだが、今年は皆が一斉に衣替えをしたように見える。10月に入った途端に町の景色が暗くなった。特に雨が降ったりしたので、この2日ほどは 更に町が黒っぽく見える。

去年の日記で見たところ灯油を初めて買ったのは11月の半ばだった。今年の場合、今月中には灯油無しでは我慢できないほど寒くなりそうだ。いや、もしかす ると、体力が落ちてきていて今まで以上に寒く感じるようになったのだろうか。ということは年を取ったと言うこと?

夏の間は、雨が降ると玄関から車庫までの間にカタツムリが10匹くらい見られたものだが、今日は4〜5匹くらいしかいなかった。やはり寒くなったせいだろ うか。去年は11月までカタツムリが見られたが、今年は今月中には見られなくなるかもしれない。そうなると、雨のたびに懐中電灯で足元を照らしながら恐る 恐る歩くことも必要なくなるわけだな。これは、有りがたいことだ。

雨が降ったおかげで、お隣さんも今日は静かだった。よく寝たのだが、このところ寝不足が続いているので、まだ寝足りない。明日も雨だということなので、 きっとまたたっぷり寝ることが出きるだろう。このままずっと雨でもいいなぁ。ちょっと日記らしくなったかな?

2001年10月19日
超低床バス

片側一車線の道が交差する、左程大きくない交差点で、信号待ちのために停止した。一応右折帯がある。後ろから来たバスが、その右折帯に入ったので、バスと 並ぶ格好になった。ところがなんだか急に明るくなったのだ。普通ならバスが並んで停まると、街灯や商店の明かりがさえぎられて暗くなるのが普通なのになぜ だろうと、ふと見上げたらバスの窓がすぐそこにあるのだ。今までにも見たことはあったが並んで停まったのは初めてのことだった。超低床バスなので、当然の ことながら床が低い。その上に乗っている椅子の位置も低い。それに合わせて窓も低いのだ。バスの乗客の顔が目の前にあるのだ。と言っても、同じ高さと言う わけではないのだが、普通のバスのように見上げるほどではないのだ。

そこでじっくり見てみることにした。別にバスの乗客を見たわけではない。バスの構造を見てみたのだ。よく見ると窓が低くなったのではないと言うことが分 かった。窓枠の下の方がさらに下へ伸びているのだ。だから窓の上のほうの位置は今までのバスと変わらない。つまりガラスの面積が大きくなっているのだ。乗 用車の設計者が一番気を使うのがガラスの面積だと言う。あまりにガラスの面積が小さいと、つまり窓が小さいと、格好が悪くなるのだそうだ。しかし逆に窓を 大きくすると、重量が増すのだそうだ。同じ面積ならコンマ○ミリと言う単位の鉄板に比べると数ミリのガラスの方が重いのだと言う。バスの乗客の重量、エン ジンの馬力などからすれば、それくらいのことは気にするほどのことでもないのかもしれない。

さらによく見ると車内の天井の高さは決して低くなっているようには見えない。まだ乗ったことがないので何とも言えないが、きっとヘッドクリアランスはかな り大きいだろう。床が低くなっているのに、天井の高さが変わらないということは、バスの中の容積が大きくなったということになるはずだから、夏の冷房に要 するエネルギーはかなり大きくなるのではないだろうか。特に窓の面積が大きいということはそれだけ、太陽の熱が車内に入り込んでいるはずなので、さらに余 分にエネルギーを必要としているはずだ。なぜ屋根の高さを低くしないのだろう。

そこで、今度は屋根が低い場合の不具合を色々と考えてみた。バスはやたらデカイから、専用の洗車機と言うのがある。屋根を低くすると、この洗車機も役に立 たなくなるのかもしれない。屋根を洗う回転ブラシが固定だとすると、屋根を低くすることで洗えなくなるかもしれない。

屋根が低いとバスと認識してもらえない場合があるのかもしれない。バス停に向かって歩いている人が、バスが来たのを見るや走り出す光景を見るが、屋根が低 いと走り出さなくなるのかもしれない。屋根が低いと、当然行き先の表示も見辛くなるだろう。屋根が低いのに行き先の表示だけ高くするのは大変? いや、格 好悪い? 

いずれにしてもあたしには関係のない、しかもどうでも良い話なのだが、一旦考え始めるとつまんないことまで真剣に考えてしまう。悪い癖だ。

2001年10月20日
奥さんに気の毒なことを

最後に乗ってきたお客さんなんだけど。乗ってくる時にクレジットカードでもいい?って聞くから、どうぞ〜ってんで乗ってもらったら、行き先は1050円く らいのところ。実際にはそこよりさらにちょっと先だったので、1140円になったのだが・・。

良くあるのが、普段ここからは乗ったことがないなんて言う人の話。いつもはもっと遠くから乗るので高いつもりでいたら思ったより安かったという例だ。お金 が足りないかと思ってカードで払うつもりだったのだが、着いて見たら手持ちのお金で間に合ったということは良くあることなのだ。今回もその類ではないかと 思ったのだ。普通カードで払うと言う場合は結構距離があることが多いので最初は期待したのだが、その期待は外れたもののこれなら手持ちの金で間に合うだろ うから面倒なことをしなくても済みそうだと思ったのだ。

ところがこの人は普段キャッシュレスの生活をしているのだそうだ。たいていのことはカードで間に合うから敢えて現金を持ち歩かないのだと言う。で、カード だと何か不都合があるのですか?と聞かれたので、そのまま素直に答えた。手数料を引かれることと、すぐに現金にならないのだと答えたのだ。実際に忙しい時 間帯だったりすると、もう一つ不都合がある。到着してから、カードの支払いが済むまでの時間のロスだ。下手をすると5分以上かかったりすることもあるの だ。あたしの後ろから現金のお客を乗せた車がさらに先の方へ行ってお客を下ろして帰って来てるのにまだ手続中なんてことがあるのだ。30分走って5分の手 続なら左程大きなロスにはならないが、5分しか走っていないのに、5分の手続と言うのは馬鹿にならないロスになるのだ。そしてこの差が最終のお客を乗せる ことが出来るか出来ないかの分かれ目になったりするのだ。

今回は、お客さんのほうが気の毒がって、車内から奥さんに電話をして現金を持ってマンションのロビーで待っているように、と言ってくれたために現金で料金 を頂くことが出来たので助かった。しかし、その奥さんには気の毒なことをしてしまった。

もちろん名古屋のお客には「予め」と言う観念がないから、現金の客でも信号2回くらい待たされてやっと支払ってもらえたなんてことは良くあることだ。到着 してから財布を捜し始め、小銭をやっとかき集めて勘定したらちょっと足りなくて、それから今度はまた札入れを探して・・・。嫌がらせをしているのか本当に 馬鹿なのかどっちなんだろう・・? あるいは滅多にタクシーに乗らないために乗客のマナーを知らないということなのか?

そう言えば今日はやはりタクシーを知らないおばさんを乗せたっけ。駅から病院へ行ったのだが、その途中で家に寄った時に結構待たされた。目的地が近づいた ら、今日は馬鹿に高いと言う。乗車した時に既に23時を回っていたので、2割増になっていたのだが、もしかしたら割増を知らないのだろうか? いや、一番 簡単な説明は待ち料金の話だと思い「2分待つとメーターが90円上がります。10分待つと5×90で450円余計に上がります」と説明したら驚いていた。 勉強になりました、なんて言ってたけど今時そんなことも知らない人がいるんだなぁと妙に感心してしまった。さらに割増の話なんかをしたら頭がこんがらがっ てもいけないと思い、その話はやめにした。だって、普通の世間話をしていても結構頓珍漢なことを平気で言うような人なんだから。

しかし、渋滞で料金が上がるようになる前から待ち料金と言うのはあったはずなのにそれも知らないということは、よほどタクシーには縁のない人と見える。世 の中にはいろんな人が居るもんだ。

2001年10月21日
悪い先輩に引きづられて

この悪い先輩はここを見ていない(はずだ)から書いちゃう。夕方そろそろ起きようか、もう一寝入りしようかと思ってる時に、先輩から電話が入った。電器専 門店で安売りをしていると言うのだ。チラシを見ながら「あれがいくらで、これがいくらで・・・」と言っている。気になるものもあったので付き合うことにし た。

ところが行ってみると、チラシで広告していたものはほとんど売り切れていた。あたし自信は以前から買おうかどうしようか悩んでいるものがあったので、つい でだから一応それらを見てから帰ることにした。まず、デジカメ。これは今使っているものが、ストロボONがデフォルトで、仮にオフにしても一旦電源を切る と、再度電源を入れた時にはまたデフォルトに戻っているのだ。以前も書いたが、これでは肝心のシャッターチャンスを逃してしまう。一旦電源を切っても自分 の設定が生きているものは無いかと探してみたが、結局は今自分が持っているのと同じだと言うことが分かった。光学ズームのカメラを欲しいとは思っているの だが、光学ズームが付いている以外は今の不満だらけのカメラと同じでは買う気になれない。

CDロムの百科辞典や、ウィルスバスターなどもターゲットにしているのだが、今日の安売りの対象ではない。あとは、ソフト関係で欲しいなぁと思っているも のもあって、その一つがフラッシュだったのだがホームページビルダーの最新版が9980円だったのでついそっちへ惹かれてしまった。これは既にそれより古 いバージョンを使用している人のためのものなのだ。あたしが使っているのが2.05なのでその対象になる。色々と面白い機能もあるようなのでつい買ってし まった。

もう一つ広告にあったもので、気にはなっているものの本当に必要なのだろうかと悩んでいるものがあった。スキャナだ。今使っているプリンタでもヘッドを替 えればスキャナになる。ところがこれは一枚ぺらの写真のようなものには良いが、本の一ページを・・と言うわけには行かない。他のものを見ながら頭の中には ちょっと引っかかっていた。最後に店員に説明を聞いて、結局購入したのだが今後どれくらい活用されるだろうか・・・。つい最近のことだが、二つ目のホーム ページを作成中に「こんな時にスキャナがあればなぁ」と思ったことは事実だ。スキャナで取りこんだ画像に色をつけてやれば説明が楽になると思ったのだ。し かし考えてみれば、それをやると著作権法に引っかかりそうだ。

ま、とりあえず、今手元にあるフィルムの写真機で撮影した画像を全部取りこんで、それをCD-Rで焼けばアルバムになるなぁ・・なんて考えている。当面は 無駄な買い物で終わることもなさそうだ。

2001年10月22日
ブルー・ブラックの意味は?

昔、万年筆や付けペンを使っていたころ、主に使っていたのは「ブルー・ブラック」と言う名のインクだった。今の若い人は付けペンなんて知らないだろうと思 う。文字や線を書くたびにインクつぼにペン先をつけるタイプのものだ。どんな時に使ったのかというと、あたしの場合は、アルファベットの習字に使った覚え がある。確かペン先はGペンではなかっただろうか。力を入れるとペン先が割れて太くなり、力を抜くとペン先が狭くなるタイプだ。筆記体のアルファペットを 書く時に力の入れ具合が良く分かったもんだ。

中学に入学した時に、お祝いで万年筆を貰った。初めての万年筆だった。小学校のころは鉛筆が主で、手紙を書く時のように、鉛筆では失礼な時などは付けペン を使っていた。この貰った万年筆もそうだったが、当時の万年筆は軸の中にスポイトがあってインクが減ってくるとインクつぼからスポイトで吸い上げるタイプ のものであった。その後、数年経ってインクをプラスチックのチューブ(インク・カートリッジ)に入れた物が売られる様になり、インクつぼが要らなくなっ た。スペアのカートリッジを持って歩いていれば、出先でもインクの補充が出来たのだ。

この当時に主として使われていたインクがブルー・ブラックである。今日、NHKのラジオ番組の中で、この言葉の意味は? と言う問題が出ていた。ところが 出演者の中にはあたしより年上の人がいたはずなのに正解が出なかった。聞いていて「なんでこんなこと知らないんだろう」なんていらいらしてしまった。お客 さんを乗せて走っている時だったのだが、ラジオに集中してしまってろくに話もしなかった。きっと態度の悪い運転手だと思ったに違いない。

このブルー・ブラックと言うのは書いている最中は青いのだが、だんだん乾燥してくると青黒くなってくるのだ。と同時に乾いてしまうと水に濡れても滲まない のだ。一旦青黒くなってしまうと今度は色があせないと言う特徴も有った。しかし、逆に困ったことには、手に付いたインクが乾いてしまうと洗っても中々落ち ないのだ。この後、洗えば綺麗に落ちるインクが発売された。しかも乾いた後も青いのだ。ジェット・ブルーと言う名だと思ったが、綺麗な青だった。その代わ り水に濡れると滲むことが有った。一長一短と言うわけだな。

以前シャープ・ペンシルのことを書いたことがあるが、大体あたしは筆記用具が好きなのだ。鉛筆でも、色々な種類を買う。色の濃いもの薄いもの。と言っても 硬いのが嫌いだったので、ほとんどはHB以上だったのだが。またボールペンも色々な種類を試してみた。ボールペンを使うようになったのは中学の2年くらい からだったろうか。ところがその当時はボールペンのボールが良く落ちた。インクが残っているのに使えなくなるということは当たり前のような時代だった。特 にあたしはちょっと寝かせたような状態で使うので、人よりも早く駄目にしていたようだ。ボールペン自体の質が悪かったのだろうが、紙質も良くなかったに違 いない。おまけに寝かせて使う。悪い条件が重なったのだろうな。

中学に入ってからは、万年筆を集めるのが趣味と言う時期があった。正月のお年玉のような臨時収入は大抵万年筆を買うために使われていたような気がする。こ の当時のお年玉は中学生と言っても、500円単位だった覚えだ。滅多に会えないような親類は奮発してくれたような気もするが・・。なんと言っても大学新卒 の初任給が1万円前後の時代だったのだ。その時代に1本2000円と言う万年筆を数本持ち歩いていたあたしは、いかに筆記具好きだったか分かると言うも の。もちろん全部が2000円の物だったわけではないが。時には親の目を盗んで銀の軸の高級品を持ち出して使っていたことも有った。で、どうせならという ことで、普通のブルー・ブラックのインクの他に色々な色のインクを入れて使い分けたりしていた。青、赤、黒、緑・・・。緑なんて何に使っていたんだろう。 高校時代は左程ではなかったのだが、社会に出てからまた、この趣味は再発した。特に、某メーカーがエリートなんて言うシリーズを出した時に・・・。スクリ プトをメインに使い、そのほかにシグネイチャーとか2〜3種類を持っていた。中でも変わっていたのが、キャップ・レスのノック式の万年筆だったかな。今 は、筆記具と言うとパソコンか・・・。仕事中に車内で使うのはボールペンだが、ちょっとしたメモを取るのも最近では専らパソコンになってしまった。時代の 流れと言う奴か・・・。

2001年10月23日
どこでも停まる佐○急便

トラックの後ろに続いて走っていた。このトラックはどこにでも停まるのだ。それも予告なしに・・・。それで、このトラックに続いて走る時にはちょっと余計 に間隔を空けて走ることにしている。信号のある交差点の手前でこのトラックが左折の合図を出しながら減速したのだが、そこで曲がりかけて停まってしまっ た。間隔を空けて走っていたので、交差点の周辺に歩行者や自転車がいなかったのは後ろからでも見て分かっていた。あ〜ぁ、こんなところで荷降ろしかよ、と 思ったのだがちょっと停まった後また走り出した。この会社のトラックはどこにでも車を停めて荷降ろしを始めるので、この時は本当に交差点の中で荷降ろしを するものだと思いこんでしまったのだが、実際には横断歩道の手前で停まって安全を確認しただけのようだった。

しかし、逆の位置でその様子を見ているとかなり流れが悪くなっているのに気がついた。もちろん横断歩道の手前で一旦停止をして、安全を確認することはよい ことなのだが、やり過ぎではないだろうかと思えるような光景もあったのだ。あたしが赤信号で、停止線より手前で止まっている時に右からそのトラックが曲 がってきた。横断歩道の手前で止まるのだが、すぐに動かない。あたしの車はセンターラインを超えているわけでもないし、停止線を過ぎているわけでもない。 それでもあたしの車が邪魔で回れないのだろうか。しかし、あたしだってかつてはトラックに乗っていたので、回れるか回れないかは見れば分かる。それとも下 手なのだろうか。それなら停止線を越えてでも、左へ寄せた方がいいだろうか。これだけのことを考えることが出来るほどの時間、停まっているのだ。しかもそ こはそのトラックの配送センターの近くなので、次から次へと来るのだが、それが全部同じことをやるのだ。前のトラックが走り出すと後ろの車も走り出す。横 断歩道に差し掛かるとまた停まる。さらに後ろの車が同じことを繰り返す。自転車も歩行者もいないところで・・・。中には、形だけはきちんと停まるのだが、 顔を動かさない奴もいた。こうなってくるとなんのために停まるのか分からない。

この一団がそれをやっている間、左からの右折車はずーっと待たされているもんだから、前の信号が青に変わってからも数台が右折してきた。待たされていた連 中はきっと頭に来ていたのだろう。これはいつ頃から始めた事だろうか。気になりだしたのはこの1週間くらいの間だが、もっと前からやっていたことだろう か。それに、大型車のようなリア・アンダー・ミラーがあるのならともかく、それが無い場合は斜めになって停まっても、左の方は見えないだろうと思うのだ が。それともそういった何かの仕掛けが付いていたかな。明日にでもあの会社のトラックがそばに来た時にじっくり観察してみよう。

2001年10月24日
学習効果?

ある坂の頂上付近にある信号の無い交差点でのこと。こちらは右折するつもりなので、対向車がいなくなるのを待っていた。すると前から来た一台の車が、左折 の合図を出したまま停まってしまったのだ。おいおいそんなとこで停まってないでさっさと行けよ。後ろの車だって支えてるじゃないか、と思って見ていると、 一瞬だがライトを消してまたすぐに点灯した。ん? 先に行けってことか? それじゃご好意に甘えて、と合図をして先に右折させてもらった。それまではヘッ ドライトしか見えていなかったのだが、曲がりかけてチラッと見たら、見覚えのある車だった。この車・・、確か曲がったすぐの角にある車庫に入ってる車だっ たかな? と思いながらミラーで後ろを見ていたら案の定、車を斜めにして停まった。やっぱりあの時の車か・・と思った。

以前同じ角を曲がったら、曲がったすぐのところに斜めに車を停めて、その状態で車庫のシャッターが開くのを待っていたのだ。しかもその右側にはよその車な のだろうが、一台駐車していて完全に通せん坊状態。泡食ったあたしは思わずクラクションを激しく鳴らしてしまったのだった。以前激しくクラクションを鳴ら されたということで、やり過ごすことを覚えたのだろうか。しかし、ミラーで見た限りでは相変わらず斜めにしていたけどね。あ、もしかするとたまたまあたし の車を覚えていたのだろうか? あの車は以前クラクションを鳴らした車だ! 先に行かしちゃえってことだったのかな?

このシャッターがまだ開いていない状態で斜めに車を停めて待ってるという光景は名古屋では良く見る。中には何度も切り返して、車庫に正対してからシャッ ターを開けに行く人もいる。あたしんとこにはシャッターはないけど、車庫に入れる時には右側の車線に入り込まないと回りきれないので、手前で一旦停まり、 前後に車がいないのを確かめてからおもむろに回りこむようにしている。だから、はじめから斜めにしてそれからシャッターが開くのを待ってる人を見ると不思 議でしょうがない。それとも、この光景を不思議と思うあたしの感覚がずれているのだろうか?

2001年10月25日
素敵なお母さん

特別美人とか、スタイルが良かったと言うわけではない。このお母さん、停まっている車の前にある横断歩道を渡ろうとしていたのだが、乳母車を一旦横へ向け て、停まってる車より右へ出ないようにしておいてから首を伸ばして左右の安全を確認していたのだ。良く停まってる車の陰から先に乳母車が飛び出してびっく りすることがあるのだが、びっくりすると同時に、この母親は一体何を考えているのだと呆れてしまうこともある。自分の子供が可愛くないのだろうかなんて考 えてしまうのだ。夏場に駐車中の車内に子供を放置して「熱中症」で殺してしまう母親と変わらない。

乳母車の件では以前も書いたことがある。横断歩道を渡り終えて歩道に上がる数センチの段差のところで、勢いをつけて乗り上げようとしている光景を書いたも のだ。一度で上がらなかったので、もう一度バックしてやりなおしている。乗っている子供は首がガクガクと揺れている。むち打ち症になりはしないかと心配し たもんだ。最近の若い母親はこう言う無神経なことを平気でするので、見ているほうがハラハラしてしまう。

きっと今日見た素敵なお母さんは、子供が歩くようになったらちゃんと車の通っていない方の手で子供の手を繋いで歩くだろうな・・なんて考えて、その姿を想 像してしまった。最近、歩道がないような通りでも子供の手を繋いで歩いている母親の姿をあまり見なくなってしまったのだ。たまに繋いでいても、車道側を歩 かせていたりするのを見ると、子供が可愛そうになってしまう。

これは親子の間だけの話ではない。若い男女を見ていると、女性に車道側を平気で歩かせている男がいる。確かに昔の女性からすれば、今の女性は強くなったの だから男性がエスコートしてやる必要はないというかもしれないが、しかし強いとか弱いとか言う以前にそれがマナーなのだ。こう言うところではまるで気を 遣っていないくせにタクシーに乗る時には女性を先に乗せる男がいる。それがレディ・ファーストだと思っているらしい。これも大きな間違い。

男性が車のドアを開けてやって先に女性を乗せる場面は外国映画に良く出てくる。しかし良く見ればわかることだが、男性はドアを閉めてやってから反対側に回 り込んでいることが多い。ナントカ映画祭とかで、タレントが高級車で乗り付ける場面などを見ていると、ドアが開いて先に出てくるのは大抵女性だ。男性はそ の後から降りてくることが多い。ちょっと考えればわかることだが、先に乗るということは、車内で左の席から右の席へ移動しなくてはならないのだ。ズボンを はいている男性ならともかくスカートの女性にして見れば大変なことだ。皺になりやすいようなスカートの場合などは特に気を遣うはずだ。こう言う場合は一言 「先に乗るよ」と言って男性が奥の席へ移動する方がよほど女性にとっては親切なはずだ。

年寄りと若い者の組み合わせの場合などでも、同じことが言える。年寄りにして見れば、乗り降りが楽な入り口に近い方へ座りたい場合がある。若者に向かって 先に乗りなさいと言ってるのに、若者は失礼だからと固辞していたりする。運転手が口を出すことではないので黙ってみているが、先に乗ってやれよと言いたく なってしまう。運転席の後ろは安全だと言う迷信がまだ生きているために、偉い人には運転席の後ろに乗ってもらうという習慣が中々なくならないためだろう。 腰の悪い年寄りからすれば「そんなにいじめないでくれよ」と言いたいところではないだろうか。

2001年10月26日
一般ドライバーってなに?

>imomushiさんをはじめとする低い技術・能力しか持たない一般ドライバー
あたしは「技術も能力も低い一般ドライバー」なのだそうだ。
http://www.skipup.com/~untenforum/cgi-bin/bbs/cf.cgi?mode=all&namber=234&rev=0
で書かれてしまったのだが、どうもこれを書いた人はあたしのことを目の敵にしているらしい。ここ以外でも色々なところでこの人とは意見がぶつかる。書いて いる内容からするとどうやら三河の方の人らしい。もちろん書いている内容がまともなこともあるのだが、中にはこじつけたような矛盾だらけの意見を堂々と書 いていることもある。

この人はあたしの書いた物を読んでいるはずだから、あたしがタクシーのドライバーであることは承知のはずなのだが、それでもあえて一般ドライバーと言うの はなぜなんだろう。それともあたしが知らないだけで、タクシードライバーと言うのは一般ドライバーなのだろうか。ということは、一般ドライバーではないド ライバーと言うのはどんなドライバーのことを言うのだろう。トラックの運転手のこと? あたしだってトラックの運転手はしていたこともあるんだけどね。そ れもちゃんとした緑ナンバーの・・・。

あたしだってね、別に自分で技術・能力が高いとは言わないけどね。それに「低い」とは言ってるけど「無い」と言われているわけでもないんで構わないけど。 タクシーの運転手がみな「低い」訳ではないんでああ言う書き方はまずいんじゃないかなぁ。他の運転手だったら怒っちゃうよ。

2001年10月27日
大寝坊しちゃった

お隣さんの重機が動く度に、あいも変わらず揺れる。その都度目を覚ますのだが、目を開けてしまうと寝直せなくなってしまうので目をしっかりつぶったまま、 早く終われ、早く行ってしまえと念じている。で、ふと気がつくと暗い。目をつぶっていても、太陽が出ていれば明るいと感じるのだが、かなり暗いのだ。あ れ? っと思って目を開けると真っ暗。慌てて電気をつけるともう夕方の7時だ。あ〜〜ぁ、やっちゃった。実は昨日も気がついたら既に夕方の5時半だったの だ。このところ毎日揺すられて寝不足が続いていたからなぁ。溜まっていた疲れがどっと出たのかもしれない。

今週はずっと閑だった。月曜日は雨が降ったので少しは良かったが、去年の同じ時期の雨の日とは比べもんにならないほど売上が悪かった。そして、火、水、木 曜日はお休みか?と思うほど閑だった。いかに給料日前だからといってこんなに売上の上がらない事はこれまで無かったはずだ。とにかくなんとか理由を探して 見た。日本シリーズをやってるから、テレビで観戦する為に皆早く帰ったのだろう、と言う理由をつけてみた。理由も無しに売上が悪いということは先行き真っ 暗ということだ。少なくとも閑になる何らかの理由があれば、その理由が無くなった時には回復するだろうと言う希望が持てるからだ。

しかし、日本シリーズは終わったのに、そして給料日を過ぎた最初の金曜日だと言うのに今日も閑だった。そりゃ、昨日よりは増しだったけど。そして、寝坊し ていつもより稼働時間が短い割には良かった。しかし、去年の同じ時期からすると、情けなくなるほどだ。

しかし、いつもより3時間近く寝坊して疲れが取れたかと思ったのだが、まだ完全には取れていないようだ。食欲が無いのだ。結局仕事が終わるころになって やっと空腹を覚えた。帰りに弁当を買って帰ってさっき食べたのだが、19時に目を覚まして、3時になるまで食べられないと言うのは本当の調子がまだ戻って いないからだろう。明日は月に1度の支部会なので早起きしなくてはならない。本調子に戻れるのは一体いつのことやら。

2001年10月28日
制約だらけのHPビルダー

今日はあたしの所属する組合の支部会の日だった。出るつもりではいたのだが、結局目が覚めたのが終わったくらいの時間だったので、出るのを諦めてまた寝て しまった。夕方までたっぷり寝たので、食事を済ませた後先週買って来たホームページビルダを色々と勉強して見ることにした。

先週ホームページビルダーのV6を買ってきたことは既に書いた。その日のうちにインストールはしたのだが、つい使いなれたV2.0を使ってしまう。とりあ えず、V2.0でも十分間に合うのだ。ただよそのホームページで色々と新しい事をしているのを見ると、真似して見たくなる。それでV6を買ったのだが、色 々とヘルプを読んで見るとかなり制約がある。紙の本はよほど困った時以外は読まないのがあたしの悪い癖だ。ついついヘルプだけで済ませようとするのだ。 で、そのヘルプで見るとブラウザによる制限、同じブラウザでも画面モードの違いによる制限と色々出てくる。こうなってくると、色々なブラウザでも見てもら えるサイトを作ろうとするなら、新しいことは出来ないと言うことになってしまう。それならなにもV6を買う必要はなかったかもしれないなんて思い始めてし まった。

あたしの場合自分がメインで使っているのがネスケの4.73だ。IE5.5もインストールしてあるが、よほど興味があってネスケでは読めないページ以外は 使わない。また、画面モードは800×600で小さなフォントにしている。これはあたしが車内で使っているノートがそう言う設定になっているためだ。あた しの使っているノートの場合、機種が古いせいか、その設定以外だとかなり読みづらい。この設定にしておくとデスクトップでもノートでも同じ状態で見ること が出来るのだ。この設定で、ネスケをメインで使っていると「どこでも配置」が使えないらしい。実際よそのホームページを見ていると文字と画像がかぶってま ともに読めないケースが増えている。そう言うところは大抵ブックマークに登録しないから良いのだが。とりあえずタイトルロゴをいじって見た。ちょっと増し になったのはいいが、重くなってしまった。やはりもっと単純な奴にしよう。

2001年10月29日
何年振りかで転んでしまった

日曜日は近所のレストランバーで、4周年記念パーティがあった。3500円で飲み放題の食べ放題。以前は週に数回通っていたのだが、個人タクシーになって からは毎晩仕事なので日曜日か土曜日にしか行けなくなってしまっている。だから、こう言う時で無いと会えないような人もいるので、楽しみだったのだ。案の 定半分以上の人とは「お久しぶり〜」と言う挨拶から会話が始まった。本当なら9時からの映画を楽しみにしていたので早く帰りたかったのだが、いざ帰ろうと すると、来ないかと思っていた顔が入って来たりして、また帰れなくなってしまったり。結局1時過ぎまで遊んでしまった。

去年会えなかった顔が来ていたり、ここで知り合って結婚した夫婦が赤ちゃんを連れてきたり、結婚式のお呼ばれからそのまま駆け付けたセクシーな女の子がい たり。中々盛況だった。・・・とここまでは良かったのだ。

雨が降っていたので傘をさして帰ってきたのだが、途中で思いっきり転んでしまったのだ。しかもちょっとした下り坂なので、平地で転ぶより落差が大きいわけ だ。膝を打ち、肘をすりむき、あばらを思いっきり打ってしまった。転んだ時の状況がいまいち思い出せないのだが、確か歩道の縁石で躓いたはずなのだ。しか し左の肘をすりむいているのに、左のわき腹が痛いというのはなぜだろうと言うことがすぐには分からなかった。今日、昨日と同じ服を来て気がついた。左のポ ケットに入れてある携帯が当たるのだ。しかしその割には良く携帯が壊れなかったものだ。

肘をすりむいているくらいだから、肩にもかなり負担が掛かったらしい。左手が上がらない。これは仕事中に結構困った。料金を頂いたりつり銭を渡す時にバッ クレスト(背もたれ)から後ろに手を回せないのだ。右手で持って振り返る格好で渡すしかない。若いミニスカートの女性の場合などはあまりしたくない格好 だ。どこを見てんのよ! なんて言われないように、出来るだけ相手の目を見てたりして・・・。しかし、やはり一番つらいのはわき腹の痛みだった。咳きが出 来ない。鼻がかめない。まだ風邪引いたわけではないので良いのだが、気温の変化する時には鼻がぐずる悪い癖が有るので、起き掛けや車の乗り降りの時に注意 しないと行けない。あばらにひびでも入ってるのかなぁ。これは17年ぶりくらいかなぁ。原付スクーターで走ってたら、対向車が右折してきて目の前で停まっ た時に思いっきりぶつかったことがあったが、この時以来だ。そして単独で転んだのは、新潟にいたころ凍った雪の上でひっくり返った時以来だ。2週間くらい はこの状態が続くだろうか・・・。せめて肩の痛みだけでも早く直って欲しいものだ。そして寝返りが打てるように・・・。

2001年10月30日
無料タクシーが合法?

MKタクシーの無料運行に関する裁判で、また運輸局にナンバーを発行せよという判決が出た。これが、前回同じことを言った裁判官なんだそうだ。なぜ別の裁 判官にしなかったのだろう。きっとこの裁判官は無料のタクシーに乗りたくてしょうがないのではないだろうか?

彼は無料のタクシーが、旅館や学校の送迎バスと同じだと言うのだ。道路運送法のどこをどのように読むとそう言う解釈が出来るのだろう。送迎バスの場合は最 初に旅館や学校や病院などがあって、そのお客さんや生徒の利便のために送迎バスを運行するわけだ。つまり、それは逆に言えば、旅館や病院や学校にとっても 都合がいいからそうするわけだ。しかし、無料タクシーの場合はなんのため? MKが経営している何かがあってそこへ送り届けると言うものではない。前にも 書いたが乗ってくる客と言うのは不特定だし、行き先だって不特定だ。送迎バスのように一方は必ず一定の場所と言うことにはならない。例えばどこかに土地を 買って、そこに専用乗り場などを設けたとすれば発進地は固定された場所と言うことになるがね。

国土交通省でも困ってしまってる。彼らはタクシーでありながら料金を貰わないと言うのは究極のダンピングだと言っている。そりゃそうだ。タクシーはお客さ んが乗ったらメーターを作動させなくてはならないし、目的地に着いたら支払いにセットし、お客さんから料金を収受しなくてはならないのだから。料金を頂き ませんと言うのは既にタクシーではないし、タクシーで無いものにタクシーの営業ナンバーを交付するなんて出来るはずがない。

と言うことは、裁判官は違法な営業を奨励していると言うこと? もしかすると、タクシーの装備をした自家用車として白ナンバーを取得して料金を貰わない白 タクとしてなら良いと言うことかな。

それより何より、あの大赤字の会社が25台×約4ヶ月の経費をどうやって工面するのだろう。運転手に仮に月20万円の賃金を保証したとして月500万円。 4ヶ月だと2000万円。また仮に一台が180万円の車を5年使うとすると、年間36万円、月3万円。25台だと月75万円。4ヶ月で300万円。これを 京都と東京の運転手が負担すると言うわけだ。制服代から、燃料代からタイヤのパンク修理代まで、全部給料から天引きされると言う会社で、会社が損するよう なことはしないだろう。得体の知れない金が天引きされてたりするらしいから、きっと名古屋での無料運行の準備のために違いない。考え過ぎかな・・・。

2001年10月31日
コンクリート舗装のせい?

またお隣さんが重機を動かし始めてしまった。これが始まるとまた1時間くらいは寝られなくなるのだ。ま、あたしが人と違うサイクルで生活してるのが悪いと 言うことなのだろう。相手は土建屋だし、まともな話の通じない名古屋の人と言うことで諦めるしかないのだろうが・・・。

ところで、この土地で生活するようになって、つまり、資材置き場の隣で寝起きするようになって既に9年以上が経つ。平成4年の4月に親父が逝って5月には 引っ越してきたのだから、9年半か・・・。

ところがこのエンジンの騒音はむしろ低くなっているのだ。昔に比べると防音型の重機が普及してきたせいだろう。その代わりに増えたのが、バケツが地面をこ する音と振動だ。これは一体いつ頃からだったろうと考えて見た。確かに引っ越してきたばかりのころは、エンジンの音がうるさかったのだが、何時の間にかな れてしまっていた。そして、バケツが地面をこする音が気になるようになったのだ。それと同時に揺れが大きくなった。家の骨組みが緩んできたのだろうか。そ れもあるかもしれない。しかし、2階から見ていて気がついたのは何時の間にかコンクリート舗装されているのだ。確か以前は地面に砂利を撒いただけという感 じだったのだが、いつの間に舗装したのだろう。当然重機が動き回っても良い様に厚い丈夫な舗装がされているはずだ。バケツが地面をこする時の大きな音も振 動もこの舗装のせいではないだろうかと気がついた。

つまり、これまでも地面をこする時には砂利とバケツのこすれる音がしていたはずなのだが、砂利自体が土に潜り込んだりして、左程大きく響くことがなかった のではないかと言うことだ。そして、振動にしても、砂利の上を重機が動き回っても、砂利と土が衝撃を吸収していたと言うことは十分考えられる。ところが、 重機が動き回っても十分耐えられるようなコンクリート舗装をしたとすると、そのコンクリート自体が重機によって揺すられて逆に振動を増幅している可能性が あるということだ。振動で目が覚めるようになったのはこの1〜2年のことのような気がするのだが、きっとこのころから舗装したのではないだろうか。確かに 舗装していないと地面そのものに起伏が出来て揺れるようになるだろう。しかし、地面そのものは柔らかいものだから、少々の衝撃なら吸収してしまうに違いな い。それが出来ないコンクリート舗装にしたことが、逆に振動を増幅しているとするなら元に戻してもらった方がよほど安眠できると言うものだ。

それとも重機のオペレータが、この数年下手になったということなのかな。時々、途中で目が覚めること無しに夕方まで寝てしまうことがある。これは作業をし ていなかったか? あるいは上手なオペレータが操作していたかのどちらかだろう。雨の日はゆっくり寝られるというのもきっと作業をしていなかったからだと 思う。オペレータの腕か? 作業をしていないか? それとも舗装無しか? いずれか一つのことで、じっくり寝られるかどうかと言うことなんだなぁ、きっ と。